Chapter.50
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その日の約束は、いつもの店に7時半。
予定より早く待ち合わせ場所に着いた巧斗は、カウンターの端、よく使う席に座る。客足はまだまばらで、空席が多い。
何と無く、先日の出来事を思い出す。下に弟と妹がいるのは聞いていたが、双子だったとは。というか、仁が姉と同じ高校に通っていたとは。世間は狭い。
何より、まだ姉の言葉が気になっている。
仁のことが好きだ。
仁は俺のことをちゃんと好きなんだろうか。
それとも、気まぐれだろうか。
また同じ問答を何度も繰り返す。答えは出ないのに。
そんなことを考えていたら、いつの間にか隣に知らない人が座っていた。
口元に艶っぽい笑みを浮かべるその人は、じっとこちらを見ている。目が合ってしまい、すぐ逸らしたが、どうやら相手はずっとこちらの様子を伺っているようだ。
「……………あの、俺の顔に何かついてますか」
その視線に耐え切れず、問い掛ける。
「目と鼻と口がついてるね」
笑みはそのままに、柔らかい低音の声が見当違いな答えを返してきた。
何なんだ、この人。
困惑する巧斗を他所に、男は美味そうに煙草を燻らせ始めた。顔の向きは変わらないので、吐き出された煙がもろに顔にかかる。匂いがきつい。
「堤さん。その子、仁のなんでちょっかい出さないで下さいね?」
マスターが救いの手を差し伸べてくれた。この男は堤というのか。
堤はフ、と鼻で笑うと、唐突に巧斗の顎へ手を伸ばし、ツツーとなぞる。
「な、なんですか…」
驚いて身を引けば、また堤はくくっと小さく笑う。
「仁のモノにしては、うぶそうなコだ。あいつ趣味変わったの?」
「少なくとも、貴方のような悪い大人にはもう懲りたでしょうね」
「善い大人っているの?」
「ほとんどの大人は貴方よりマシだと思いますよ」
マスターの微笑みが心なしかいつもより冷たく見える。
「…もしかして、ベッドの上では変わるのかな?」
唐突に顔を覗き込まれ、妖艶な笑みの形に歪む唇がすぐ近くまで迫る。
呆気にとられる。身動きもとれずに固まっていると、
「タクト、そいつから離れろ」
後ろから声がした。
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