Chapter.49
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ざらざらと荒くれた心の状態で過ごす日々というのは、意外とすり減る。体力とか、精神とか。
「藤枝、それ温度違う」
「……っあ、すみません」
オーブンの設定温度を間違えていた。店長が指摘しなければ気付かなかった。
仕事に集中できていない。あの男と再会してからここ数日、ずっとこうだ。
「おーい藤枝さぁん」
ゴリ、と店長の拳骨がこめかみにめり込む。そのままぐりぐりっと拳でこめかみを抉られた。
「いっっっだ!いだだだ」
「困るんだよねぇ。そんなボケーっと仕事されちゃあ」
顔面はにこやかだが、声に迫力が。わりと怒ってる時の店長だった。
「あんだテメー色ボケか。仕事中くらい仕事に恋してろ」
「や、若干違いますけど…いででヒドイ!」
今度は耳を捻り上げられた。
「ったくよー。私生活にゃ干渉したくねぇんだよ俺は。四の五の言われたくなかったらシャンとしろ」
「ハイ…」
しおらしく素直な返事をしたのがよっぽど珍しかったらしい。店長は驚いた顔をして口が半開きのまま直立している。
「なぁ、おい。お前失恋のたんびにドーンと落ち込むのやめろよな」
「誰が失恋したんすか」
少なくとも俺はしてない。最近は。
昔の失恋を思い出してるだけだ。
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