小説 藤枝さんと吉川くん | ナノ




Chapter.48
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最寄り駅からアパートまでの間、何と無く背後に嫌な気配を感じていた。嫌な予感もしていた。
なので、アパートの前で振り返ってみた。

「………おい、お前ら」

逃げも隠れもせず、目の前でニッコニコ笑う同じ顔が二つ。

「「来ちゃった!」」
「あのなー…」

悪びれもせず声を揃えた律と凛に、仁は深く溜め息を吐く。

「来ちゃった、じゃねーよ!」
「あれ、巻いたと思ったでしょ?」
「ところが、後から双子がついて来る?」

お前ら森のくまさんか、とツッコミかけて止めた。

「部屋には上げないぞ。遅くならないうちに家帰れ」
「じゃ教えてよー」
「ヤダ」
「じゃ帰らないー」
「帰れ」

ぶーたれる双子は食い下がる。何としても聞き出す気らしい。
不毛なやりとりの無限ループに苛立ちが募る。

「…おい、いい加減にしろ」

低く棘のある声音に、流石の双子も押し黙った。

「俺とあいつの関係を知ってどうすんだよ」
「必死に隠すから気になるんだもん」

その点は大いに反省だ。適当に知り合いとか何とか言っておけばこうはならなかった。しかし時すでに遅し。

「他人のプライベート引っ掻き回すな。面白がってんじゃねえ」
「……他人じゃない。お兄ちゃんだよ」

凛が他人という言葉にムスッとした顔を見せた。そう言われるのを凛は嫌う。知っていて、わざと言った。

「他人だろ。つうか話を逸らすな…」
「他人じゃない!家族でしょ!?」

言い終わらないうちに、凛が大声で遮る。今にも泣きそうで、拳も白くなる程に握りしめて。

「凛、大声出すなよ。近所迷惑だから」

律は冷静だ。感情的になった妹をちゃんと宥める。言葉は素っ気なくても、冷たくはない。
少しやり過ぎたか、と思う。大人気ないとも。

「……俺がなんで家追い出されたか知ってんだろ。なら察しろ。そういう事だ。…これで満足か?」

投げやりに言い捨てて、双子から目を逸らした。双子も、こちらを見てはいなかった。

「分かったんなら帰れ」

今は遠ざけたかった。未だに俺を家族だと言い張る双子を。

「お兄ちゃんが何と言おうと、私達は兄妹で、家族だから…」

何度でも、同じ事を繰り返す。今も昔も変わらない。

「違う。血の繋がりの無い他人」

その度に否定する。これも変わらない。

「俺らは家族だって思ってる。別に兄ちゃんがどう思ってても変わらないよ」

何でそんなに拘るかな。分からない。

「…じゃあ、帰るよ。ごめん迷惑掛けて」

律が凛を引っ張って、凛はそれに抵抗せずに、双子は背中を向けて去って行く。

結婚もしていなかった若い女をうっかり妊娠させて、間違って産まれたのが俺。その女は結局、俺を捨てて逃げた。
その後親父が結婚した別の女は、腫れ物にでも触るみたいに俺に接した。一向に懐かない俺に辟易してたみたいだが、俺にすりゃ母親面して媚び売ってきて気持ち悪いだけだった。そうこうしてる内に双子が産まれて、ますます家の中は居心地が悪くなった。中学に上がってぐれ始め、高校ではとうとう金髪にピアスで浮きまくって、遅刻、サボりの常習犯。生活指導じゃ直らない素行に、親が呼び出されたことだって何度もあるが、親父が来たことは一度たりともなかった。母親面した女がペコペコ頭下げて終わり。夜は同士が集まる街にふらふらと出向いて、手当り次第に寝た。うっかり補導されたせいで学校にバレて、親父はとうとう俺を切り捨てた。
こんなんで、家族とか言われたって、馬鹿馬鹿しいだろーが。

どうにも胸糞悪い。
部屋に戻っても結局苛立ちは収まらず、夜には黒い扉のあの店に足を運んだ。



「……仏頂面」
「お前が言うか?」

顔を合わせるなり失礼な一言をかましたユタカは、相変わらずの無表情。いつもの、と言えば何も言わずにアルコールで満たされたグラスを置いていく。
液体を胃に流し込めど、重苦しい気持ちは流れていかない。濁り淀んで腹の底に溜まる一方だ。

さほど広くない店内を見渡す。何となく見知った顔はいるが、話し掛けるような相手がいない。誰でもいい、何でもいいから気の紛れる話をして欲しい。こんな日に限ってユウはいない。

「珍しく不機嫌そうですね」
「マスターは今日も良い笑顔だねー」

いつものニコニコ顔。この人の他の表情は見た事がない。

「マスターも不機嫌な顔とかすんの?」
「そりゃあ僕も人間ですから。機嫌も損ねれば怒りもしますよ」
「………想像つかね」

思い浮かべようとしてみたが、さっぱり浮かばない。諦めて酒を嘗めるように飲む。
あはは、と呑気に笑うその人が、ふと店の入り口の方を見た。黒い扉の開く音が客の来訪を告げていた。

「いらっしゃいませ」

お決まりの文句を聞き流す。だからその目が一瞬だけど剣呑に光るのを見逃した。
いっそユウを呼び出すか、とポケットの携帯を探ろうとしたその時、声を掛けられた。

「仁?」

疑問形なのに不思議と確信と懐かしみがこもった低音の声。
多分二度と聞く事は無いと思っていた声。

「ツツミ…?」

聞き間違える事は無い。でもそこに居るはずが無い。

「あぁ、やっぱりそうだ」

振り返って、確認した。その姿はやはり予想通りの人物で。まるで幽霊でも見たような気分だった。

「なんで、アンタが……」
「久しぶりだな。またここで会えるとは」

そうやって人の話聞かない所、変わってない。不遜な態度も、鷹揚な笑みも。

「なんだ、せっかくの再会なのに嬉しそうじゃないな仁」

心が、ざわつく。


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