小説 藤枝さんと吉川くん | ナノ




Chapter.4
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 仁とは電車の方向は同じで、降りる駅は自分の方がひとつ前だった。乗り込んだ車両は人もまばらで、仁は当たり前のように隣に座ってきた。距離が近くて、少し緊張する。

「タクトの親ってなんの仕事してんの?」
「父親は大学教授、母親は中学教師。」
「あーそりゃ厳しいわな。教育者だもんなー。」
 
 父親は帰りも遅いし、帰宅しないこともよくある。それでも一家の大黒柱としての存在感はしっかりあって、しつけも厳しかった。母親はどちらかというと優しく見守るタイプで、基本的には自分の意思を尊重してくれる。尊敬できる両親だ。

「キョーダイは?」
「姉がいる。全然似てないけど。」
「そっかー。うちは弟と妹いるよ。」

 賑やかそうだな、と思った。仁ひとりでも充分よく喋る。今日だって仁の話すペースに巻き込まれて、つられて自分もよく話した。でも不思議とそれが嫌ではなく、楽しかった。
 車窓から見える景色は真っ暗で二人の姿が映し出されている。地味な自分と華やかな仁は、不釣り合いなんだな。分かっていても、彼には自分を惹き付ける魅力がある。

「ほれ、降りる駅だぞっ。」

 スピードが緩み、やがて電車は止まった。炭酸のペットボトルを開けるような音と共に車両のドアが開いて、薄暗いホームが待ち受けていた。夢のような時間は終わり。現実へ、帰るんだ。

「じゃあ、また。」
「おー気を付けて帰れよ。」

 ホームに降りるのが名残り惜しい。もっと仁と話してみたかった。自分は上手に話せないけど。後ろ髪を引かれながらも一歩踏み出し、車両を後にした。

「タクト。」

 唐突に呼び止められ、振り向くと、不意に仁の顔が目の前に近づく。ふわり、甘い匂いが鼻を掠めた。

「……!!」

 温かな感触に、唇が重なったのだと分かった。
 アナウンスが流れ、ドアが閉まる。仁はドアの向こう側へ。そしてあっという間に電車は行ってしまった。
 キス、された。仁が、キス?
 頭の中が疑問符で一杯になった。妙に鼓動が速まる。顔が熱い。思わず口を手で覆ってみたけれど、心臓も思考も全然落ち着かない。

 駅から家までどう歩いたかはさっぱり覚えていない。
 ただ、仁のことばかりが頭の中をすごい勢いで駆け巡っていた。



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