小説 藤枝さんと吉川くん | ナノ




Chapter.46
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麗らかに晴れた休日の午後。間も無く梅雨も明けて季節が変わろうとしていた頃だった。

「……で、あとはどこ見たいのー?」
「んとねー、あっちのお店がね…」
「それより休憩しよーぜー。喉乾いた」

荷物を幾つも手にぶら下げた金髪と、顔がそっくりな少女と少年の、三人組。大型ショッピングモールの一角である。

仁は手に提げた荷物を下ろし、ベンチに腰掛けた。連れの二人は飲み物を買いに行っている。

「まだ買う気かねー」

年の離れた双子から、昨日メールが届いた。普段は実家には滅多に顔を出さないが、腹違いの双子の弟と妹は何故か昔から懐いてきて、今でもよくこうして呼び出されたりする。
女子は本当に買い物好きだなー、などとぼんやり人混みを見やりながら思っていると。

「………あ?」

遠くにチラリと見えた人影が、見覚えがある気がして目を凝らす。こちらに近付いているようだ。
そして確信に変わる。

「タクト…?」
「え?」

思わず呼び掛けた名前に反応した人物は、紛れもなく自分の恋人だった。そして、もう一人。

「藤枝…!?」

巧斗の隣にいる女が目を丸くしている。何故自分の名前を?と訝り、思い出した。

「あ…吉川?」
「え?」

今度は巧斗が目を丸くする番だった。

「姉さん知ってるの…?」
「ね、ねーさん!?」

巧斗の口から驚愕の事実が飛び出した。と同時に、連れの二人が戻ってきて。

「お兄ちゃんお待たせぇ」
「凛が何にするか迷って時間掛かって……あ、兄ちゃんの知り合い?」
「「兄ちゃん!?」」

吉川姉弟が揃って声を上げた。
なんだかややこしい事になってきた。

「藤枝仁デス。こっちは弟と妹の…」
「双子の兄で、藤枝律です」
「妹の凛です」
「吉川樹里。藤枝兄の同級生です」
「弟の吉川巧斗、です」

なんだこの謎の自己紹介は。
数分前、何の因果か鉢合わせた5人が名乗り合う。場所は変わって飲食エリア内の適当に選んだ軽食店。藤枝兄弟と吉川姉弟に別れて座っている。

「何で藤枝が巧斗と知り合いなのよ」

樹里がいきなり痛い所を突いてくる。仁に向けられた疑いの眼差しは刺さるように鋭い。

「…吉川って高校ん時とあんま変わらないのな」
「それはアンタもだわ。つーか話逸らすな」
「何でって言われても、ねー」

ちら、と巧斗を見るがどうやら樹里には何も言っていないらしく、焦りと不安で顔面蒼白。下手な事は言えない。

「あの、おにい……兄と吉川さんは高校の同級生、なんですね」

束の間の沈黙を破ったのは凛だった。

「兄がお世話になりました。たぶんすごいご迷惑お掛けしたと思いますが」

次いで律が樹里にペコ、と頭を下げる。

「うわー兄貴と違ってよく出来た子!似ないで良かったね!」
「ほっとけ。そっちこそ似てないだろ」
「は?それこそほっといて欲しいわ」
「んだよ」
「あによ」

見えない火花を散らし始めた二人が険悪なムードを張り巡らせる。店内でなければ掴み合いでも始めそうなくらいだ。

「姉さん、そんなに突っかかっていかなくても…」

半ば引き気味の巧斗が姉を抑止すると、凛も兄を窘める。

「お兄ちゃんも怖い顔しないでよねー」

仁と樹里はそれっきり、目も合わせないし口もきかなくなった。困ったものだと巧斗が視線を巡らせれば、律や凛も同じような面持ちでいる。気まずい。

「あの…俺ら帰ります。足留めさせてすみませんでした」

居た堪れず、辞去を選択した巧斗は立ち上がり荷物を手に取った。

「行こう、姉さん」

促されれば樹里も立ち、仁に一瞥をくれてやると律と凛に向き直る。

「お買い物の邪魔してごめんね」

さりげなく伝票に手を伸ばした樹里だったが、その手は仁によって遮られた。

「いい。こっちのが人数多いからウチで持つ」
「アンタに借りを作りたくないんだけど」
「貸しにも借りにもしねーよ」

仁は双子に目配せをすると、察して二人も席を立つ。

「どうも、付き合わせてしまってすみませんでした。俺達もここで失礼します」

と律が言えば、凛も小さく礼をした。伝票を持った仁がさっさと会計をしに行ってしまい、いよいよ解散となった。
ほんの十数分の、短い時間での出来事だった。

「兄ちゃん、結局あの人とどういう知り合い?」

凛がショップで洋服を吟味しているのを少し離れた所から見守っていた律が尋ねてきた。そういえばはぐらかしてそのままだった。

「吉川樹里っていう怖いおねーさんと?」
「吉川巧斗さんと」

この春から高校生になった律と凛。巧斗のひとつ下の学年だ。自分らとほぼ歳の変わらない男を、恋人だと言ったらどんな反応をするだろうか。

「どういう、って言われてもなー」
「言えないような関係なんだ」

律は容赦無く追求する。その言質に非難めいた色は含まれておらず、むしろ悪戯っ子の好奇心を滲ませている。

「にーちゃんにだって色々と事情があるんだよ」
「大人の事情、ってやつ?」
「そーそー」
「ふぅん」

律はニヤリと口の端を吊り上げた。どうやら納得してはくれないらしい。

「で、あの人お兄ちゃんとどういう関係?」

いつの間にか凛も戻ってきていた。服は結局買わなかったらしく手ぶらだ。

「凛、お前まで…」
「だってせっかくお兄ちゃんに助け舟出してあげたのにー」

確かに、樹里の話を逸らしたのは凛と律だった。

「凛が助けてくれたのに」
「律が頭下げたのにー」
「教えてくれないんだ」
「教えて欲しいなー」

双子はこういう時息ピッタリになる。そしてスッポンよろしく喰いついたら離さない。
まずい。良くない状況だ。

「もしかして付き合ってる?」
「それか片思い中とか」
「友達以上恋人未満?」

これは観念するしかないのか…?

「よし。……………帰るぞ」

三十六計逃げるに如かず、である。

「逃げた。お兄ちゃん逃げた」
「置いて行くなよ兄ちゃん」

双子は執拗に責め立てるが、お構い無しに早歩きで出口へ向かう。

「あ、俺このまま帰るから荷物は律がよろしく頼む」

ショッピングモールから駅まではすぐで、帰る電車が違うのを良いことにトンズラする算段だ。持っていた凛の買った物を律に押し付け、サクサク歩いて、もう駅は目の前だ。

「ずるいー」
「けちー」
「何とでも言え。気をつけて帰れよ」

改札前でギリギリ双子をかわし、ホームへ。
出発の時間を待つ電車に滑り込み、溜め息を吐いた。
これで巻いた。と思っていた。


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