小説 藤枝さんと吉川くん | ナノ




Chapter.40
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例によって、馴染みの店にて待ちぼうけ。

「機嫌が良いですね。巧斗くんと待ち合わせですか?」
「分かる?さすがマスター、いつも俺のこと見てるね」

一週間以上顔を見ていなかったが、ようやく会える。なんなら鼻唄でも歌い出しそうなくらいには上機嫌だ。

「おや、噂をすれば…ですね」

マスターの視線を追えば、待ちわびたその人物。

「タクト」

名前を呼ばれてこちらに気付いた巧斗と目が合う。その瞬間にはにかんだような笑顔が咲く。可愛い奴。

「ごめん、結構待たせた?」

隣に腰を下ろし、空のグラスを見た巧斗が申し訳なさそうに言った。

「一週間ちょっと待った」
「そうじゃなくて…」

巧斗の指を絡めとり、手を握る。ちょっと久しぶりの感触と温度に嬉しくなる。

「テストどうだったー?」
「ん、まぁまぁ…かな」

頭良さそう、と馬鹿丸出しなことを言ったら、巧斗は苦笑して否定した。

「親が教師だから、恥ずかしい成績は取れないと思って他の人よりちょっと頑張ってるだけだよ」

そんなモンなのか。聞けば、学年内で10位には入れるようにしているとか。下から数えた方が早かった俺からしてみれば、十分優秀なんだが。

「保健体育なら教えてあげれるけど」
「……到底テストには出ないようなことばっかりだよね…?」
「今から課外授業してあげようか」
「いらない」

くだらない会話も会ってこそ。巧斗を欲する渇きを、声が、指が、視線が、全てが潤してくれる。
繋いだ手はそのままに、会えなかった寂寞を埋めた。


しかし、楽しい時間というのはあっという間に過ぎ去ってしまうもので。

「……そろそろ帰らないと」

腕時計に目を落とすその仕草も、何度も見てきた。

「じゃー送る」

帰りの電車を同じにするのも、もう何度目になるのか。

巧斗はきっと気付いていない。
その度に深まる愛おしさと、同時に募る不安で、押し潰されそうになっているこの心に。


「なんか、いつも送らせて悪いね」

ごめん、とバツの悪そうな横顔が呟く。

「一緒に帰れるの、俺は嬉しいけど」

駅までは手を繋いでいいし。少しでも隣に居られるなら。

「あー、でも」
「?」
「帰したくなくて、困る」
「ッ……それは…」

照れて俯く巧斗は、言葉を詰まらせた。
目の前にはもう駅が見えていて、まばらな人の流れが吸い込まれていく。

「なに?」
「何でもない…」
「だーめ。言わないとここでキスするよー?」
「……………」

幼稚な脅しに押し黙る巧斗。
ごにょごにょと口籠っているが、その声は聞き取れない。

「聞こえなーい」

ちょっと意地悪かもしれない、と思う。でも照れ屋な巧斗を照れさせるのは、楽しい。
俯く顔を覗き込み、無言で言葉を催促する。目を合わせてくれない巧斗が、観念して口を開いた。

「ぉ、…俺も……一緒にいたいし、……離れたくないとは、思う…」

それが聞こえた瞬間、ぱちんとスイッチが入ってしまった。繋いでいた手を強引に引っ張って大股で早歩きし出した。握る手から巧斗の戸惑いがダイレクトに伝わってくる。

駆け込んだのは駅構内の男子トイレ。誰もいない。個室に二人分の体を押し込み、鍵を素早く掛けた。

「ちょっ、仁ッ?………んぅ!」

抱き寄せて唇を塞いだ。左手は腰に、右手は頭に回して、体の自由を奪う。巧斗の握りしめた拳が胸元で抵抗を示すが、それを無視して無遠慮に舌を滑り込ませた。

「ん……っ、んん……!」

息つく間も与えず、口腔内を犯した。舌を絡ませ、ねぶり回して、むしゃぶりつく。やがて酸素を欲して二人同時に口を離した。

「はぁっ、はぁ……、何してんだよ…ッ」
「タクトが可愛いこと言うから、我慢できなくなって」
「ッ…馬鹿、人来たらどうす」
「でも、会ってからずっとして欲しそうな顔してた」
「!!」

腕の中で巧斗が身じろぎした。頬に朱が差したのは、さっきのキスのせいだけではなさそうだ。

「……で、電車…来るから、行かないと」
「帰したくない」

話を逸らすのは、照れ隠しだろうか。こちらを見ないその目は、落ち着かない様子で泳ぐ。

「門限、間に合わなくなるから…」
「嫌、って言ったら?」
「それで会えなくなる方が嫌だ…!」

必死に訴える巧斗に負け、腕から解放してやった。確かに、門限破りの罰を受けて会えなくなるのは最悪だ。

「ごめん、帰ろう」

ちゅ、と額に軽くキスを落とす。
無言で頷く巧斗の髪をくしゃ、と撫でて、外の様子を伺う。誰もいないのは変わらないみたいだし、誰かが入ってくる気配もなさそうだ。鍵を開け、さっさとトイレを後にした。

並んで歩くが、手は繋がない。駅に着いたらそうする約束だから。
電車がホームに着くまであと2分。急ぎ足で改札を抜け、階段を降りてホームに着くと、ちょうど電車が到着したところだった。

「間に合ったね」

並んで座り、肩を寄せた。くっつくか、くっつかないかの微妙な距離。

「ん。ギリギリで、心臓に悪い…」
「ごめんねー」

反省はちょっとしてる。後悔はしてない。

「あ、週末空いてる?」
「まぁ、予定はないけど…」
「じゃーウチ来ない?」
「………うん」

少し躊躇い気味の承諾。探るような目。警戒されてる?

「ヤラシイことされそうとか、思ってるだろー」

ニヤリと笑って、巧斗の耳元で囁いた。

「べ、別にそういうわけじゃ……!」

図星か。焦って否定してくるけれど、ドキッとした顔でバレバレだ。

「だぁいじょーぶ。無理矢理食べたりしないって」
「だから、違うってば…!」

電車の規則正しく揺れる音が二人の会話を聞こえにくくする。それを良いことに、際どい会話を遠慮無く。
本当は今すぐにでもイタダキマスしたい位なのだが、そこは我慢だ。迷惑を掛けたいわけじゃない。それに、がっつくなんて余裕のある大人がすることじゃない。
あ、でもさっき思わずキスしちゃったなぁ…。
そうだ余裕、余裕。忘れるな。
余裕無くすと、痛い目見るのは自分だから。

開いたドアの向こうに巧斗は立つ。バイバイの後、ドアが閉まって電車が走り出しても、巧斗はその場から動かない。いつもそうやって見送ってくれる。
別れを惜しんでくれてるようで、嬉しい。
反面、いつまでそれが続くだろうかとも思う。

巧斗の心が自分から離れてしまった時、俺は平常心を保っていられるだろうか。何事も無かったかのように振る舞い、笑えるだろうか。

「……なーんて、いつまでアレ引き摺ってんだろーな」

独りごちて、喉の奥でクッと嗤った。

目の前の恋愛にのめり込み過ぎて、足元を見失わぬように。

そう忠告を寄越した人がいたっけな、と思いながら電車の揺れに身を預けた。



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