Chapter.37
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もう巧斗がいなくなった部屋を見渡す。
一人でいることが当たり前だったのだが、寂しいものだ。
部屋には滅多に他人を入れない。
ここに来たことがあるのは、巧斗を含め3人。今の勤め先の店長と、ユウだ。そういえばあれからもう2年位経って……。
『〜♪♪〜♪』
電子音が思考を遮る。
テーブルに置いた携帯が着信を告げた音だった。プラスチックの固い音を立てて二つ折りの携帯を開き、プチと通話ボタンを押す。
「もしも」
『じーん!飲もうヨー!』
言葉尻を断ち、電話口から聞こえてきたハイテンションな声はユウのものだった。
「ユウ、出来上がってんの?」
壁掛けの時計を確認する。
まだ8時前だ。
『ゴールデンウイーク終わっちゃうんだもーん。来ないなら仁のトコに押し掛けちゃうよー?』
「分かったって。行くから待ってな」
場所を聞けばまたいつもの店だという。溜め息と共に通話を切った。
ああいう風になったユウは、誰彼構わず捕まえて「飲もう飲もう!」と言うから、もう誰かしら捕まっているかもしれない。
犠牲者を増やす前に、回収しとくか。
店には40分位で着いた。案の定、酔っ払ったユウがユタカをはべらせて酒を飲んでいる。否、酒に飲まれている。
「あっ仁!おそーい!」
「遅え」
唇を尖らせるユウと、あからさまに迷惑被ってるユタカ。ブーブーと非難の集中砲火である。
「はいはい、すんませんねー」
口先だけで謝るが、むしろ感謝してくれ。せっかく来たんだから。
「つーか持ち帰れ」
「モノじゃないんだから…」
ユタカは腕に絡んでくるユウをひっぺがし、押し付けてきた。それを受け取り、とりあえず座らせる。
「ユウ、なんでこんな酔っ払っちゃってんの?」
「ん〜?酔ってないヨー」
嘘つくな。ぐでんとカウンターにもたれかかってるユウを見下ろす。
顔色はほとんど変わらない。酒に強いユウは、飲んでもあまり赤くならない。でも時々こんな風に酔い潰れる。
「ていうか、タクトくんは?一緒じゃないの?」
「昼までは一緒にいたけどね。もう帰ったよ……こら」
まだ酒の入ったグラスを仰ごうとするユウを止めて、代わりに水を持たせる。
「明日仕事だろ?もうやめとけ」
「行きたくナイ…」
水をちびちび飲みながら俯いているユウは、苦虫を噛み潰したような表情。嫌なことでもあったんだろうか。男なのに女子力高めで、仕事仲間(女)からやっかみでも買ったのか。
「…仁、タクトくんとは上手くいってるの?」
「お陰様で、昨日はお泊まりー」
「あ、じゃあエッチしちゃったんだ」
「したした」
昨夜の巧斗を思い出す。白い裸体と、紅潮した頬と、涙を浮かべた黒瞳。本人は無自覚だろうが扇情的でそそる。
「思い出してニヤけてるぅ!スケベオヤジッ!」
「誰がオヤジだっつの」
すかさず茶化してくるが、何とでも言え。酔っ払いの戯言なので、今だけ許す。
「………本気で好きなんだね、タクトくんのこと」
「ん、そうだね」
「良かったー。またマトモに恋愛する気になってくれて」
「ちょっと難儀なこともありつつだけど…」
「なぁに?何かあったの?」
まぁ色々、と濁すとユウはそれ以上詮索はしなかった。察してくれて助かる。さすがに巧斗の過去の話まではベラベラと話せない。
「お二人とも、末永くお幸せに…」
「なんだそりゃ」
恋人とうまくいってないとか、失恋したとか、そういうことだろうか。
「なんかあったんなら言えって。聞いてやるから」
「うん…」
またカウンターに突っ伏すユウ。目だけでこちらを見ている。
「実はぁ、……お客さんに手出しちゃったのね」
「あー…」
それは何とも言えない。ユウのとこの客っていうのは、
「式挙げてから?挙げる前?」
結婚式を挙げるために来るのだから。
「挙式後」
結婚式や披露宴の会場のデザインやら装飾をするのがユウの仕事だ。専門学校はデザイン系だったこともあり、カラーコーディネートなんかも上手。元々センスがあるんだと思う。蛇足だが、仁の部屋のインテリアもユウが選んだものだ。
「っていうか、手を出された…?どっちにしろ針のムシロなんだケド」
それはヤケ酒も飲みたくなるだろう。
「新婚早々にとんでもない野郎だな……あ、野郎だよね?」
「女の方がいくらかマシだった。断りようがあるもん」
「……そんなにいい男か」
「正直、かなり」
深い溜め息を吐いて、小柄な体を更に小さく丸めたユウの表情は苦しげで。
「そいつのこと、好き…?」
「奥さんがいて、これから幸せな家庭を築く人だから。アタシが入る余地は無いの」
それは正論だ。でも、気持ちがいつだって正しい方を向いてるとは限らない。
体を起こしたユウは、水を一気に飲み干した。
「分かってるけど……苦しいよ。誘惑に負けた自分がやんなる」
親友が切ない恋愛をしているのは、見ていても辛い。
「あんま自分を責めるなよ」
肩を抱き寄せて、頭を撫でてやる。素直に体をこちらに預けたユウが、腰に腕を回してくる。ハタから見たら、普通のカップルが寄り添ってるように見えるだろうか。
「深みにハマる前に、やめなきゃね」
「応援しとく」
お前が俺にそうしてくれたように。
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