小説 藤枝さんと吉川くん | ナノ




Chapter.36
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浅い眠りから覚めて、ゆっくりと目を開けた。すぐ目の前にあるのは、仁の顔。

「……ぁ」

泊まったんだっけ、と今更ながら思った。
ベッド脇のサイドボード上の時計は、7時30分のデジタル表示。外は明るくて、陽の光がカーテンを透けさせている。

「………」

仁は起きそうな気配がない。
それにしても。目を閉じていても綺麗だ、と思う。その寝顔をまじまじと眺めてしまう。

「仁……」

ポツリと名前を呟いた。こんな人と付き合ってるなんて、なんだか夢みたいで、現実味がない。
軽く頬に触れてみる。ちゃんと感触がある。どうやら現実のようだ。

「仁」

もう一度、小さく呟いて今度は形の良い唇に触れる。起きない。
そっと、唇を重ねた。
触れるか触れないかくらいのキス。

顔を離すと、なぜか、仁と目が合った。

「!!」
「おはよ」

起きてた…!

「……っ、いつから起きて…」
「んー……2回名前呼ばれたのは知ってる」

最初から。そう分かってかあぁ、と顔が火照り出す。

「タクトがおはようのちゅーしてくれるなんて」
「うるさい…」

恥ずかしくて、顔を見られたくなくて、仁に背を向けた。仁はまだ眠そうに目をこすっている。

「起きてたなら目開けてろよ」
「起きてすぐには開けらんない」

後ろから腰に腕を回され、布団の中に引き戻された。背中に顔を押し付けるように擦り寄る仁。

「もーちょっと寝たい、かも…」
「うん」
「このままでいい?」
「…うん」

数分後にはまた眠りについた仁の寝息を、ドキドキしながら数えた。


結局10時を回る頃に二人は起床した。
仁が作った遅い朝ごはんを食べて、また一緒に皿を洗い、今はソファに腰掛けて食後のお茶を飲んでいる。

「何時に帰る?」
「親が戻る夕方までには…。多分4時には帰ってくるから」
「ん、そーか」

無断外泊は初めてだ。父と母のどちらからもメールや電話はきてないので、バレてはいないだろう。

「タクトはどっか出掛けたい?」
「別に。このまま部屋でのんびりしてるのがいい」

外に出ても落ち着かないだろうから。

「それは、俺と二人だけでいたいってこと?」
「ものすごく自分に都合の良いように捉えたね…」
「だって俺はそう思ってるからー」

ソファをぎし、と云わせて、仁が迫ってきた。至近距離で見つめられる。

「タクトを独り占めできんの、今だけだもんね」

ニヤリと笑ったその唇が近づいてきて、思わず目を瞑った。
でも予想に反して何も起こらない。

「?」

目を開けると、やっぱり笑う仁がそこにいて。

「キス、されると思った?」
「ッ!」

からかってるのか、何なのか。とにかく見透かされてるのが恥ずかしい。

「悪ふざけなら止せよ…」
「ごめん、怒らないで」

別に怒ってるわけじゃないけれど、あえて黙っておく。

「タクトがムキになるのが可愛くてつい、ね」
「可愛くはないと思うけど…」
「可愛いよ」
「可愛くない」
「可愛くなくない」
「絶対ない…!」
「ほら、そーやって言い返してくるのが可愛いの」
「…………………」

不毛なやりとりだ。でも、それも悪くないかも、なんて。

「ねー、キスしていい?」
「駄目」

さっきしなかったくせに。ちょっと悔しくて、拒否。

「じゃあタクトがして?」
「嫌」

それも却下。子供じみた意地っ張りだと、自分でも思う、

「えー、駄目?」
「駄目」
「どうしても?」
「駄目ったら駄目」
「駄目って言われるとしたくなるよねー」

ぐいっと顎を掴まれ、強引に唇を奪われた。
でも抵抗はしない。
そうだよ。キスされると思ったよ。それを見透かされて、恥ずかしくなって。自分だけそんな風になるのは悔しくて。
あぁそれ結局、キスしたかったってことになるのかな。

「ん……っ、ふぁ…」

角度を変えて、深く深く。
舌が絡み合って、甘い痺れが頭をぼぉっとさせる。優しくて、いやらしいキス。互いの熱を移し合って、溶かして。

「ん……ごちそうさま」

口を離してこちらを見下ろす仁が、その濡れた唇をぺろ、と舐めた。どことなくエロさを漂わせるその仕草がやけに似合って、ドキドキしてしまう。

「駄目って言ったのに」

目を逸らしながら、悔し紛れに呟いた。

「……そんなに嫌だった?」

ちょっと真顔で返された。

「別に、そういうわけじゃ…」

ない、のだけど。僅かに罪悪感が滲む。

「嫌ならもーしない」

右肩に仁の顔が乗せられて、その体重が全身にのしかかってきた。

「タクトに嫌われたくないから」
「……仁」

もたれかかってくる仁の髪に指を差し込んで、頭を撫でる。

「ごめん、嫌だったんじゃないよ。ちょっと意地悪したくなっただけ…」
「ほんと?」
「うん」
「んー。なら良かった」

ぎゅっと体を寄せて抱きしめてくる仁を、抱き返す。不安にさせたみたいで、なんだか申し訳ない気持ちになった。

「じゃあキスして?」

顔を上げ、上目遣いで仁が見つめてくる。

「え…?」
「意地悪したから、償いとして」

にこーっと、満面の笑みで。
さっき申し訳ないと思ったことを、取り消したい。

「ね、して?」
「……………」

まぁ、自分も悪かったし。とは思うのだが。

「はやく〜」
目を瞑って、キス待ちの仁。
これは、しないといけない状況だ。

「………っ」

こうなったらヤケだ、と何も考えないようにして、唇を仁のそれに押し当てた。すぐに離したけれど。

「よくできました」

満足そうに微笑んだ仁が、指で唇をなぞる。その感覚に、背中がゾクリと粟立つ。
仁は機嫌良く、ソファに座り直し足を組んだ。

「可愛いねタクト」
「…るっさい」

よく晴れた実に平和な日だった。


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