Chapter.27
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仁から着替えを受け取り、風呂場に案内された。
「タオルはこれ使っていいから。あと、これシャンプーとコンディショナーと、こっちボディーソープね」
一通り説明を受け、今はシャワーを頭から浴びている。
お風呂入ろうか、と言われた時、一瞬、一緒に入ろうと言われたのかと思った。それを見透かされたように、一緒に入る?と聞かれて更に驚いてしまった。
「馬鹿なことを……」
恥ずかしい。それを紛らわすように、ザバザバと顔を洗う。
心の準備も無しに、いきなり泊まることになるとは。まぁ、泊まるって言ったって、同じ部屋で寝て起きるだけで。
そうだ、別にどうっていうこともない。と自分に言い聞かせる。ただ今晩限り、寝食をともにするだけ。それだけ……それだけ、なのか?
仁が何を考えているかは分からないけど。自分より誰かと付き合った経験は多いはずで。恋人が家に泊まるのなら、少なからずそういうコトも考えるんじゃないか?
……いや、余計なことを考えるのはよそう。
嫌なことまで思い出しそうになり、今までの思考を振り払うように、頭を横に振った。髪から雫がパタパタと落ちていく。
みんなお湯と一緒に流れていってしまえばいいのに。排水口に集まり流れ落ちるお湯を見て、そう思った。
「お風呂、ありがとう」
「んー」
タオルで頭を拭きながら、部屋に戻った。仁はソファに寝転んでテレビを見ている。
「ドライヤー使いな」
起き上がった仁が、洗面所へドライヤーを取りにいく。なんだか取りに行かせるのが悪い気がして、自分も後に続いた。
「俺も風呂入るから、あっちの部屋でやってくれる?ごめんね」
「ううん。ありがとう」
ドライヤーを受け取り、また戻ろうとすると、頭からかぶっていたタオルを仁に取られた。
「?」
「……なんか、」
こちらをまじまじと見つめて、仁が言う。
「濡れた髪、エロい」
「ば、馬鹿!」
真顔でそんなこと言うなよ。
「キスしていい?」
「いまさら聞くなって、そんなこと…」
「じゃーする」
唇が重なり合う。
仁はキスが上手い。と思う。他の人を知らないからよく分からないけど。仁のキスは優しくて、安心するから。
「……じゃ髪乾かしててね」
唇を離して、耳のあたりの髪を触りながら仁が言った。
「ん」
顔が火照っているのは風呂上りだからか、仁のせいか。気付かれたくなくて、そそくさと洗面所を立ち去った。
髪を乾かして、なんとなくつけっ放しのテレビを見ていた。普段あまりテレビを見ないので、番組がよく分からない。やっぱり本読もうかな、とカバンに手を伸ばしかけたところで、カチャとドアの開く音がした。反射的にそちらを向くと、
「って、何か着て!」
「ごめー、着替え持ってくの忘れてたわー」
全裸の仁が現れた。腰にタオル一枚巻いただけの状態。
直視できず、パッと背中を向けた。仕切りの隣の部屋に仁の気配が消えたのを確認し、そろりと姿勢を戻す。
びっくりして、少し鼓動が速まっている。ドキドキ云う胸に手を当て、深呼吸した。はぁ、と息を吐き出す。
「ごめんねー。うっかりしてたわ」
服を着た仁が戻ってきて、何食わぬ顔で隣に座る。
「あ、ドライヤー」
髪を乾かすと思って、テーブルの上に置いたままのドライヤーに手を伸ばすと、その手首を仁に掴まれた。
「さっきさぁ、」
「!」
そのままソファに戻され、背もたれに押し付けられて。意地の悪い笑みを浮かべ、自分を射抜く仁の視線。
「俺のハダカ見て興奮した?」
「なっ!んなわけ……!」
また見透かされたような気がして。かあぁ、と顔が熱くなる。
濡れた金髪から覗くその目を、正面から見つめることができなくて目を逸らした。
「それじゃハイそうです、って言ってるようなもんだよ」
「ちが……んっ」
否定する言葉を待たずに、仁の唇が自分のそれを奪う。触れては離れ、離れては触れて、何度も重ねられる。
ぼーっとしてきた頭で、そういえば仁が髪を下ろしているのを見るのは初めてだ、などと考えていると、下唇を舐められた。思わず開いたその隙間から、容赦無く仁の舌が入り込んでくる。
「んっ、ふ…ぁ…」
丁寧に歯列をなぞる舌が、やがて自分の舌を絡め取る。ちゅく、と唾液の混ざり合う音が耳に響いてきて、羞恥心を煽る。
「ん、あ……はぁ……ん…っ」
執拗に舌を攻められ、甘い感覚に満たされて、息をするので精一杯。
手首を掴んでいた仁の手が離れ、今度はTシャツの中に滑り込んできた。腹から胸へゆっくりと這い上がり、まさぐる。
ぞわ、と悪寒が走った。記憶の断片がまた見え隠れして。
「んっ、………ぁ!」
仁の手はすぐに胸の突起物を探し当て、くに、と押し潰すように刺激する。
しかし快感を上回る不快感を伴って脳裏をよぎる、暗い影。駄目だ。来ないで、今は。
一度唇が離れて。再び軽く口づけをされて、そして頬、耳朶、首筋へと仁は唇を落としていく。指先が変わらず突起を弄んでいる。
「は……ッ、ぁ…んっ…」
「タクト……」
名前を呼ぶ仁の声にダブって、影が呼んだ気がした。嫌だ。来ないで。触らないで。
『イイコダネ、巧斗』
「……っ!!」
無意識のうちにドン、と仁の肩を両手で押しやっていた。
「タクト……?」
驚きの色がその瞳に浮かんでいる。無理もない。
「ご、ごめ……っ、」
うまく息ができない。
頭がガンガンする。
暗い影に引きずり込まれて、呑み込まれて。
「ごめ、なさい……」
涙と吐き気がこみ上げてきて、顔を手で覆った。
「ごめん、嫌だった?」
仁の問いかけに、力なく首を横に振った。
違う。仁は悪くない。悪いのは自分だ。
『イイコダカラ、先生ノイウコトガ聞ケルネ?』
冷たい笑顔。怖い。
近付かないで。触らないで。
『約束ヲ破ッタノ?』
大きな手。怖い。
ごめんなさい。もう許して下さい。
「………ぅ、く」
情けないことに、涙が零れてしまった。我慢するつもりだったのに。仁に余計な心配掛けたくなかったのに。
「タクト」
優しく名前を呼ぶ声。不安が混じる仁の声。そんな声を出させて、ごめん。ごめんなさい。
手の平をつたい、ぽたぽたと涙が落ちて染みを作る。
「っ、ごめん…じ、んの、せいじゃない…ごめ……なさい」
喉が詰まってうまく話せない。
「じゃあ何で泣いてるのか教えて?ゆっくりでいい。落ち着くまで待つよ」
壊れ物を扱うみたいに優しく、仁が抱きしめてくれた。甘い香りと、心臓の音。温かで、心地良くて、安心させてくれる。
暗い影が徐々に遠のいていく。
もう少しだけ、このまま甘えさせてもらおう。
仁の胸に体を預け、流れるままに涙を流した。
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