小説 藤枝さんと吉川くん | ナノ




Chapter.26
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図書館で巧斗と落ち合い、自宅を目指す。一人で来た道を、今は二人で引き返し歩いている。

「ここ、俺が働いてるお店」

さっきまで居た店の前を通り過ぎる。まだ中には自分以外残っていた。

「閉店と同時に帰る準備したら、店長がブーブーうるさかった」

片付け等々は全て桃子に任せ、さっさと出てきた。もちろん、桃子本人には了承を得てのこと。

「そんな急がなくても良かったのに」

店の人に迷惑掛けたんじゃ、と巧斗は心配している。

「いーの。店長は俺が恋人とラブラブしに行くのがちょっと気に食わないだけなんだから」
「えっ、店の人知ってるの……?」

驚きと不安の入り混じった表情。偏見とか、そういうのをきっと巧斗は気にしているのかもしれない。

「店長は知ってるよ。俺がゲイだってことも。でも、そういうの気にする人じゃない」

大丈夫だよ、と巧斗を安心させたくて微笑んだ。

「それなら良いんだけど……」

下を向き、まだ不安の残る顔をする。

「……タクト、」

ぽん、と肩に手を置く。呼ばれた巧斗がこちらを振り向いて。

「っ…?」
「引っ掛かったー」

人差し指が巧斗の頬にふに、と当たった。古典的なイタズラ。

「なっ……もう」

恥ずかしげに顔を赤くして、悔しいのかふてくされた。

「かーわい」
「うるさい」
「手ぇ繋いでいい?」
「駄目」

ムキになるところも、可愛い。怒るだろうから言わないけど。
そんな馬鹿なことをしているうちに、アパートに着いた。二階建ての1DK。

「広かないけど、ガッカリしないでねー」

階段を登りながら、鍵を取り出す。2階の3番目の部屋が住処だ。
ガチャリ、と音をたてて鍵を開ける。

「あがってー」
「お邪魔します」

ちょっと緊張しているみたいだった。きちんと靴を揃えるあたりが巧斗らしい。
玄関から見て右手側に部屋へのドア、左手側に浴室やトイレのドア。スイッチを探り当てて明かりをつけ、部屋の中へ。

「綺麗にしてるんだね」

部屋を見渡して巧斗が言う。
キッチンと、そこから見えるリビング。左の仕切りの奥にベッドがある。

「意外?」
「……ちょっと」

物は多く置かないようにしているので、あまり散らかることもない。
巧斗をソファに座らせ、自分はキッチンへ向かう。

「実はA型なんだよねー。見えないってよく言われるけど」
「うーん……見えないかも」
「タクトはー?」
「O型」
「見えねー!あ、夕飯俺の手料理だけどいい?」

手を洗いながら、巧斗の方を確認する。

「あ、手伝うよ」

ソファから立ち上がる巧斗を「いーよいーよ」と制して、エプロンを装着する。

「暇にさせて悪いけど。適当にくつろいでてよ」
「ん、じゃあ」

お言葉に甘えて、と大人しくソファに沈んだ巧斗は、カバンから本を取り出して読み始めたようだ。

「何読んでんのー?」

手は止めずに、本に視線を落とす巧斗を見てみる。綺麗な横顔だ。

「……源氏物語」
「え、古典の?!」

まさかの返答に、冷蔵庫から出した材料を落としそうになった。

「………テスト範囲なってて、……ちゃんと、読んでみようかなって、思って」

集中し始めているからか、言葉はゆっくりと返ってくる。文字を追う目は止めない。

「なんでも読むんだ」
「ん……家、本だらけ。父さん文学部の教授だから」

なるほど。本の虫になる環境が出来上がっていたわけか。
鍋を火にかけながら、妙に納得した。

「まさか、おかーさんも国語教師とか」
「いや……母さんは、英語」

ぺら、とページをめくりながら。

「文系一家だね」

文学少年をチラリと見る。没頭していて、もう返事を寄越してくれない。ちょっと寂しいので、さっさと調理を済ませてしまおう。


完成した料理をテーブルに並べ、ソファにそーっと近づいて行った。真剣な表情の横顔。ページを繰る指。ちょっと見惚れる。

「タ、ク、ト、」
「うわ!」

顔を近づけて名前を呼ぶと、驚いてこちらを見る。いちいち反応を返してくれるので、からかうのが楽しい。

「ごはんにしよ?」
「ん」

本は栞を挟んで閉じられた。巧斗をテーブルに案内し、椅子に座らせる。自分もエプロンを外して、その対面に座った。じっと巧斗は目の前の皿を見つめている。

「…ボロネーゼ、嫌い?」
「ううん、好き」

ひょっとして食べられない?と一瞬不安になったが、そうではないようだ。

「良かった。いただきまーす」
「いただきマス」

フォークにくるくるとパスタを巻きつけ、口に運ぶ。巧斗がそうするのを見てから、自分も同じようにした。もぐ、と動く口元。少し、緊張する瞬間。

「……美味しい」

微笑んで、巧斗が言う。自然と仁の頬も緩む。好きな人に美味しく料理を食べてもらえるのは、幸せなことだ。

「料理もできるんだ」

まーねー、と言ってパスタを口に運ぶ。まぁまぁの出来だ。巧斗が美味しいと言ってくれるなら、それでいい。

「………仁って、エプロン似合うね」

小さく、独り言みたいに。そして少し照れ臭そうに。巧斗が呟いた。
まさか、そんなこと言われるとは。

「そう?いいお嫁さんになれそう?」
「お嫁さんにはなれないでしょ……」
「じゃあ巧斗がなって」
「え?」
「俺と結婚して」
「無理」
「そ、即答……!」

冗談で言ったけど、キッパリスッパリ無理と言われると、それはそれでショックだ。

「まだ16だから、結婚できない」
「あ、そーゆーこと?」

じゃあ18歳になったらしてくれるんだろうか。しかし、追及してまた無理と言われたら悲しいので、深くは突っ込むまい。
そんな、二人きりの食卓。


食事を終えると、巧斗は自分で食器を下げた。仁が食器を洗おうとすると、手伝うと言ってきたので、洗った食器をふきんで拭く作業をやってもらうことにした。
いつも一人で立つ場所に、二人で並んでいるのは何だか不思議な気分だ。すすいだ皿を水切りカゴに入れ、それを巧斗が拭いて。水の音とガラスの音と二人の会話。いつもとは違う情景が、なんだかこそばゆい。

「はい、これで終わりー」

最後の一枚の皿を渡す。ふきん越しの手でそれを受け取り、キュッキュッと水分を拭き取っていく巧斗。

「お疲れ様。お手伝いありがとう」

皿を置いた巧斗に、キスをした。

「ごほーび」
「ん……」

照れて目を伏せる。そんなに照れてばかりいたら身が持たないんじゃないかと心配になる。でも、そういうところが愛おしくて。

「ねー、泊まってかない?」
「え?でも……」
「親いないんだよね?帰らなくても大丈夫でしょ?」

手を掴んでグイ、と詰め寄った。目先3センチの所に巧斗の困った顔がある。

「そうだけど、何も準備とかしてきてないし……」
「俺の貸すから」
「でも……」
「お願い、タクト」

コツ、と額どうしをくっつける。耐えきれなくなった巧斗が目を閉じた。

「わ、分かった、から……っ!」

観念した巧斗に、キス。さっきよりも長く。何度も。
腕を腰に回して更に近くに引き寄せた。

「んっ……ふ、ぁ…」

僅かに空いた口に、するりと舌を侵入させる。歯列をなぞる。綺麗な歯並びだなんて思いながら。そうしているうちに、強張っていた巧斗の舌が解れて。それを絡め取り、吸い付く。

「……はぁ…っ……ん、ぅ…」

色っぽい吐息を漏らして、腕にしがみついてくる巧斗。あぁ、可愛いな。このまま食べてしまいたい。

「………タクト、」

これ以上見境なくがっついてしまわないよう、口を離した。少し荒い息の巧斗が、濡れた唇を艶めかしく光らせたまま見上げてくる。

「お風呂、入ろうか」
「……………」

巧斗は固まったまま動かない。

「先に入って。俺は後でいいから」
「あ、……うん」
「それとも一緒に入る?」
「えっ!?いや、一人で入るよ」

驚き慌てて、巧斗は一歩下がった。いちいち真に受けるんだな、この子は。

「うん。冗談」

笑って黒い髪をわしゃわしゃと撫で回した。
ほんと、愛おしい。


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