小説 藤枝さんと吉川くん | ナノ




Chapter.19
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つい数時間前まで沈んだ気分でいたのに、巧斗の言葉を聞いて嬉しくて舞い上がってる自分がいる。我ながら単純だと思う。
抱きしめた細い体も、柔らかな唇も、全部メチャクチャにしてやりたい。つーかヤリたい。全部自分のモノにしたい。そんな欲求を捩じ伏せる。
でもこのまま二人きりでいたら、襲ってしまいそうだ。

「……行こうか。」
「え?」

密着していた体を離して、仁は巧斗の腕を掴んだ。
二人きりは危険。理性がぶっ飛びそう。
ならば二人きりでなければ良いのだ。
少し早足で歩き出した。巧斗もおとなしくついて来る。

「あ、そうだ。」

掴んだ腕を解放し、代わりに巧斗の指と指の間に自分の指を滑り込ませた。

「は、恥ずかしいって。」

抵抗する巧斗の手を握り、口元に引き寄せてちゅっと軽く口付けた。

「大丈夫。恥ずかしくない。」
「ぅ……。」

それ以上巧斗は抗わない。
再び手を引いて歩き出した。


お馴染みの黒い扉を開け、中へ足を踏み入れる。もちろん手は繋いだまま。土曜なのでそれなりに店内は賑わっていた。

「おやおや、二人で仲良くおいでになりましたね。」

マスターはグラスを拭く手を止めて目を細めた。

「マスターに報告!」

繋いだ手を、見えるように高く掲げた。

「こいつ今日から俺のモノ!」

自然と顔が綻んでしまう。みんなに言いふらしたくて仕方ない。それくらい嬉しい。
照れているのか巧斗はそっぽを向いている。

「あーあ、仁の毒牙にまんまとかかって。」
「毒牙ってオイ。」

ユタカの憎まれ口も今日は笑って返す。

「ニタニタしてんじゃねぇ。キモイ。」

さすがにそれは言い過ぎだ。

「それじゃあ、お祝いしなくちゃいけませんね。」

マスターのその一言を皮切りに、祝杯をあげることになった。




初めて会った日と同じ席で、二人は乾杯した。

「電話きたときさ、すっごい緊張した。」

ディスプレイに表示された名前を見て、驚くやら嬉しいやら不安やら、色んな感情がない交ぜになって。すぐに通話ボタンを押せなかった。

「俺も、掛けるのすごく緊張した。」

下を向いて、少し照れ臭そうに巧斗は言う。

「来る途中もいろんなこと考えた。はっきりムリって言われたらどーしよーとか。もう会わないって言われるんじゃないかとか。」
「待ってる間、本当に来てくれるのかなって思ってた。」
「お互い疑心暗鬼だな。」

はは、と笑い合った。不安だったのは二人とも同じだったわけだ。

「正直タクトの方見れなかった。」

こんなに不安になったのは久しぶりだった。

「でも好きって言われた瞬間全部どっかいった。マジで嬉しかった。」
「……うん。」

巧斗は左手で口元を隠している。照れたり恥かしい時の癖なのかもしれない。

「ねー。もっかい言って。」
「え?」
「俺のこと好きって、もっかい言って。」
「んなッ、こんなとこで言えるわけ……!」

顔を真っ赤にして。本気で照れている巧斗。そうか、照れ屋なんだ。
テーブルの下、膝の上に置かれた巧斗の手に自分の手を重ねた。ぴく、とその細い指が反応を返してくる。

「言って。」

少しだけ真剣な表情で、真っ直ぐ巧斗の目を見た。

「……ぅ……あ、」

何度か口を動かすけど、なかなか聞きたい言葉が出てこない。

「俺は、いつでも、何回でも言ってあげるよ?」

重ねた手を握り、黒髪から覗く耳に口を寄せて。

「好きだよ、タクト。」

そっと囁いた。

「……俺も、……好き。」

少し掠れた消え入りそうな声。それでも、しっかり自分には届いた、その声。


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