Chapter.1
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細い路地に入り、とあるビルの地下一階へ伸びる階段を降りて行く。黒い扉はバーへの入り口。長めの金髪を後ろに結わえた男がひとり、扉の中へ消えていった。
「イラッシャイマセー……また来たのか仁。暇だな。」
「えっお客様にそれはなくない?」
いつものー、と言って店内を見渡すと、端っこのカウンター席で一人座っている青年がいた。サラッとした黒髪、凛とした横顔、細い白指。
(おー、イイかも……。)
今日はついてるかもしれない。グラス片手に隣に腰掛けた。
「隣、いい?一人だよね?」
「あ、ハイ……。」
ビクッとこちらを向く黒髪君。近くで見るとやはりキレイな顔立ちだった。うん、好み。
「俺、藤枝仁っていうの。仁って呼んで。君の名は?」
「……吉川、巧斗、です。」
緊張してるのか、ぎこちない声が返ってきた。少しの警戒と戸惑いを孕んだ表情のまま彼はカウンター上のグラスを見つめ続けている。こっち向いてくれないかなぁ。
「じゃ、タクトでいいね。ココ、初めて?」
案の定、こくり、と頷く。やっぱりね。常連なら見逃すわけがないんだ、こういう好みの顔は。
「仁、彼まだ不慣れなんですからあまりからかわないで下さいね。」
「マスターは今日もカワイイね。」
「仁も相変わらずお世辞が上手いですね。」
にこり、とマスターがカウンター越しに諌めるも、冗談で受け流した。マスターも慣れたもので、冗談で返してくる。くるくるとカールした前髪の奥に見え隠れする目がいつも笑みの形に細められているこのマスターは、どうやら俺がタクトに目をつけたことに気がついたらしい。相変わらず勘がいいことだ。
「あの、俺もう帰らなきゃいけないから……失礼します。」
タクトが気まずそうに席を立った。夜はまだこれからだというのに、惜しい。
「えっもう?なーんだ残念。じゃアドレス交換しよ!」
タクトはあからさまに困惑した様子だったが、また会いたいからと言って微笑むと、じゃあ……と応じた。こういう初々しい反応は最近じゃ滅多になかったので、俄然落としたくなる。
「じゃ俺に赤外線で送ってー。……あ、きたきた。じゃあ後でメールするから。」
またね、と手を振った。
タクトは目を伏せこくりと頷いた。
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