Chapter.17
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「藤枝さん、この頃元気ないですね。」
出勤してきた俺に、荒田桃子は開口一番そう告げた。
「そー?分かるー?」
普段通りに過ごしてきたつもりだったんだけど。想像以上に自分はショックを受けているらしい。
「プライベートで何かあったんですか?」
「ちょっと好きな子に当たって砕けちゃってー。」
あくまで軽いノリを忘れない。大したことないんだと、自分に言い聞かせているみたいだけど。
「え!?藤枝さんみたいな人でもフラれちゃうんですか?」
ショーケースにケーキを並べながら、桃子は心底驚いていた。店に来る女性客にイケメンと持て囃されているのを、ほぼ毎日目撃しているのだから無理はない。
「美人さんなんですか、その人。」
「黒髪が似合う美人さんでーす。」
オトコノコだけどね。
しかし桃子はそんなことはつゆ知らず、いいなぁ……とブツブツ呟きながらケーキの陳列を終えた。確かに桃子は美人ではない。が、愛嬌があって可愛らしい方だ。
「桃ちゃーん、オモテの札〈オープン〉にしてきてー。」
奥から店長の声がした。桃子はハーイ、と返事をして店の入り口へさっと向かって行った。
「何、フラれちゃったの藤枝。」
店長が出てきて、ニヤニヤと笑いかけてくる。夫婦で営む小さなこの店の店主は、精悍な顔立ちのいわゆる男前な人だ。気さくで、しかも奥さん一筋。
「傷心の俺をいぢめないでくださーい。」
「いじめてナイナイ。ほら、春の新作スイーツで慰めてやるぞー。」
そう言って手にした苺色のマカロンを口にねじ込んできた。
「もぐもぐ……あのね、てんちょ……もぐ……美味しいんだけど、もう少し食べさせ方ってあると思うんですよー。」
なんとかマカロンを飲み込み、店長に文句をつけた。
「いやね、久々に落ち込んでるなーと思って」
会話が噛み合っていない。
「別に落ち込んではないですけど。」
「そ?じゃ今日もヨロシクー。」
手をひらひらと翻し、店長は再び奥に戻る。
本当にこの人はよく人を見ていると思う。何でも見透かされているようだ。
落ち込んでないようで、落ち込んでいた。もう一週間くらい経つんだから、それでなんの音沙汰もないということはつまり、希望なし。
いつもなら諦めて次!といくところだが、生憎そういう気分でもない。
(うーん、もう会えなかったりして。)
逃がした魚は大きかったなぁ、としみじみ。
しかし、センチメンタルな気分を引きずったままではいけない。
「さー仕事じゃー!」
自分に喝を入れる。戻ってきていた桃子も頑張りましょう、とガッツポーズした。
失恋しても、世界は廻るのだ。
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