Chapter.16
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眠れなくても容赦無く朝は来る。ともすれば仁のことばかりを考えてしまう脳を、無理矢理別の方へ向かわせる。勉強でも、ご飯でも、何でもいい。考えても考えても答えが出ないから。
どうやら本を読むのが一番いいらしい。一度内容に集中してしまえば、あとは没頭するだけだ。授業や食事などの時間を除けば、ずっと本を読んでいた。一種の現実逃避、思考停止。
ところがもう読む本がない。ここ数日で、手持ちの本は読み潰してしまった。
通学に使う駅の前の書店で、次に読むべく本を探した。左から右へ並んだ背表紙を追っていく。推理小説でも、実用書でも、ノンフィクションでも。興味が持てたものを数冊選び取っていった。
不意に、とんとん、と後ろから肩を叩かれた。
「よ、し、か、わ!」
篠宮だった。
「……ひとり?」
近くに坂本は見当たらない。
「しょーちゃんは部活。終わるの待ちなの。」
「そう。」
篠宮の手にも何冊か本が収まっていた。どこかで読んで時間を潰すつもりだったのかもしれない。
「あっ吉川が暇ならあたしの暇潰すの手伝ってよ!」
「いいよ。」
「やたー!じゃ、本買って出よう」
二人レジに並び、会計を済ます。先に終わった巧斗は、店の外で待機していた。
「お待たせー。」
さぁ行こう、と篠宮は歩き出す。どこに、とは言わないが目的地はあるんだろう。たぶん。篠宮は基本的にマイペースで、他人を巻き込むのが上手い。
「ここでいい?」
すぐに着いた。書店にほど近いカフェだ。巧斗は特にこだわらないので、うん、と頷いた。
店内に入ってすぐに、篠宮は注文を始める。きっといつも来ていて、飲むものも決まっているんだろう。巧斗も同じものを注文することにした。
アイスカフェラテを受け取り、二人は店の奥側の席に付いた。周りにはちらほらと学生やサラリーマンらしき客がいる。
「やー、付き合わせてゴメンね!」
両手を顔の前で合わせてポーズをとった篠宮。
そして、取り留めのない話をしていった。勉強の話や友達の話……。とは言っても、巧斗はほとんど聞き手側なのだが。
「あ、そうだ。吉川にね聞きたいことがあったんだけど」
友達が猫を拾って飼い始めた話をしたところで、篠宮はガラッと話題を変えた。
「何?」
「イケメンにナンパされたってホント?」
「っげほッ、ゴホッ……!!」
唐突過ぎる質問に驚き、カフェラテが変なところに入ってしまった。
「な、ナンパって……。」
「あれ?しょーちゃん言ってたけど、違った?」
「ちが……っ!いや、違ってはない、けど」
後で坂本追及だ、と巧斗は心に決めた。
「そっかそっか。うんうん!」
心無しか篠宮の表情が輝いているように見える。ふっふっふ、と不気味な笑みを浮かべ、舌舐めずりするフリをしてみせる篠宮。そういえば坂本が篠宮は腐女子だと言っていた気もする。とうとうそういう類いの人間の餌食になるのか。話しの種、なんてものじゃ済まされないような、種どころか花咲そうな、そんな予感がする。
「ねぇねぇそこから進展するのはアリなの?てかもう進展した?」
「いや、進展なんて。」
「えぇ!告った告られたはないのか!?」
篠宮が熱くなってきた。目が本気だ。頼むから落ち着いてくれ。
「その……、告白らしいものはあったけど返事は中途半端で。」
あったかどうか分からない進展の可能性を自ら絶ったわけだ。
「ふぅん。」
唇を尖らせ、つまらないと言わんばかりの表情の篠宮は、ストローでグラスをかき混ぜる。カラカラと氷が音をたてる。
「それで、吉川はどうするの?相手は返事待ってるんじゃないの?」
ぐるぐる。まだかき混ぜている。納得いっていない表情だ。
「分からないんだ、相手が本気でそんなこと言ってるのか。」
「違う。そうじゃないよ。」
篠宮の手が止まった。
「相手が吉川のことどう思ってるかじゃないの。吉川がその人のことどう思ってるかよ。」
俺が、仁のことを、どう思っているか。
「その人のことばっかり考えちゃったりした?それで寝れなくなったりした?遊びだったら嫌だって思った?」
いつの間にか篠宮の顔は真剣で。まっすぐ篠宮の目を見れない巧斗は、自分のグラスに視線を落とした。
仁のことばかり考えた。
それで寝不足になった。
遊びだったと知ってヘコんだ。
「……うん。」
ようやく絞り出した返事はたった一言。でも篠宮はその一言を発するまで待ってくれていた。
「じゃあ、きっとそれは、吉川がその人のこと、好きってことだよ。」
「そう、なのかな。」
「そうだよ、きっとね。」
「……そっか。」
篠宮は笑っていた。いつもの明るい笑顔。つられて巧斗も笑っていた。少し気持ちが軽くなった気がした。
「篠宮、ありがとう。」
「うむ!」
篠宮は満足げな表情だった。
「しょーちゃんお疲れ!」
篠宮と坂本がいつも待ち合わせている場所に移動していた。
部活を終えた坂本がやってきたのを見つけた篠宮は、大きく手を振った。
「わりー遅くなったわ!なんで吉川が……いででっ。」
巧斗は無言で坂本の耳を引っ張りあげてやった。
「坂本。篠宮に余計なこと喋らない」
「えぇぇ?」
何のことか分かっていないようだ。
「あたしってばつい口を滑らせちゃって、ナンパの話しちゃったよ」
「あっ、ルリ、まさか腐女子フィルター通して面白おかしく吉川のこと根掘り葉掘り聞いたんじゃ……!?」
さすが彼氏サマ、よく分かっているじゃないか。
「面白おかしくはない!マジメに聞いたよー!」
「わちゃー吉川、ごめん!」
今度何か奢るわー、と平謝りするので、仕方ない許そう。
「じゃあ俺は帰るから。」
「おう、また明日。」
「バイバイ吉川ー。また続き聞かせてねー!」
それぞれの方向へ別れていく。
ようやく体が軽くなった気がする。仁の顔を思い浮かべたら、会いたくなった。
会って、伝えなくてはならない。
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