Chapter.13
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まだ少しドキドキしている。
突然の電話はユウからだと思っていたのに、仁の声だった。久しぶりに聞いた電話越しの声。思い出して、耳に触れた。リフレインする会いたい、の一言。
遊びだと分かっていても、期待してしまう自分が愚かしい。
自意識過剰。きっとそうだ。仁が俺みたいなのをわざわざ好きになる理由がない。からかって面白いから相手にしてるだけ。暇潰しに丁度いいだけ。
階段を降りると、黒い扉。
開けるために手を掛ける。何度目かの瞬間。まだ、緊張する。
「タクト。」
ざわつく店内でも、はっきりと聞こえた。仁の声だ。ユウが隣で小さく手を振っている。
「急に電話きてビックリしたでしょ?」
ごめんねぇ、とユウが手を合わせ、小首を傾げた。この前も思ったが、そういうところが本当に女の子っぽい。
「あ、イエ。大丈夫です。」
なんとなく仁の隣は嫌で、真ん中にユウを挟んで座った。
久しぶりに見た仁は、やっぱり整った顔で綺麗に笑っている。
「じゃ改めて、カンパーイ。」
仁の一声で、三人のグラスがぶつかり合った。
ユウが中心でよく喋る。仁も話を差し込みながら、俺は相槌を打つ。
ちら、とユウ越しに仁を見て。目が合って、逸らして。もう何回繰り返したのか。
駄目だ。まともに顔を見れない。キスの一件は忘れたつもりなのに。
「それにしても、最近はこの辺も昔ほど近寄り難い雰囲気無くなったわよねー。」
「そーさねー。普通の繁華街みたくなってきた。」
「タクトくんみたいに可愛い子も来るようになったしね!」
会話はあまり耳に入ってこない。いや、耳には入ってるんだけど、頭に残らない。
「あーあ、アタシも運命的な出会いが欲しいー!」
「いっつもそう言ってる。」
「だいたい仁は来るもの拒まずだからぁ。」
「えー?そんなことないって。」
冗談を言って笑い合う二人は楽しそうなのに、俺は多分つまらなさそうな顔をしているだろう。こんなんじゃせっかく誘ってくれた二人に申し訳ないのは分かってる、けれど、上手く笑うこともできない。
空になったグラスをユタカが下げて、代わりにまた同じ飲み物を置いていく。アルコールが飲めない自分はいつも、ユタカが気まぐれで作るノンアルコールのカクテルもどき。仁から気を逸らすように、グラスのふちを指でツツ、となぞった。
「そんなフラフラしててさぁ。たまにはちゃんと好きなヒト作ってみたらぁ?」
ユウがちらりと視線をよこしたことに、俺は気がつけなかった。
「えー?いるよ?本命。」
本命がいる。その言葉にズキ、と心が痛んだ。
別に傷付く必要なんかない。だって俺には関係ない話だ。そう自分に言い聞かせる。
「いーわねぇ、うらやましィ!ねっ?」
「そうですね、ホント。」
適当な相槌で誤魔化す。お願いだから、俺に話を振らないで。
「……そろそろ俺、帰ります。」
まだ電車の時間まで余裕があったけど、正気でこの場に居られなくなってきた。時間なんてここから逃げ出すための口実だ。
「あぁ、もうそんな時間……?」
仁が腕時計に目をやる。
「なぁんだ残念。また今度ネ。」
「はい、また呼んでください。」
ユウが名残惜しそうに手を振った。
早く帰ろう。馬鹿な期待とか、都合のいい妄想がこれ以上大きくならないうちに。
逃げるように、その場を立ち去った。
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