聞こえてる? | ナノ




後日談:初デート
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恋愛の仕方をすっかり忘れるくらい、恋人がいない期間が長かった。デートって何してたっけ。
窪田と付き合い始めてから初めての休日が、目前に控えていた。ロマンチストで甘えたがりの窪田なら、きっとベッタベタなデートプランをひねり出すに違いない。それを覚悟で「何がしたい?」と聞いたのが、木曜日の夜に電話したときだった。返事はこうだ。

「中塚さんのしたいことでいいですよ」

三年間の据え膳を経てしたいことつったら、面倒な過程すっ飛ばして性行為に決まってるだろうが!とはさすがに言えず、「考えておく」とお茶を濁した。

大事にしたい。それはもちろん大前提にある。ようやく捕まえたあいつを、むざむざと手放すことになるのは御免被る。とはいえ子供相手でもないし、距離感とは本当に難しいもんだ。
そして俺の出した結論は。

「本当に俺んちで良かったんですか?」
「恋愛映画観ながらいちゃいちゃしたいって、前に言ってただろ」
「中塚さんはそういうの嫌がりそうだと思ってたんですけど」

窪田が言わなければ絶対に提案しなかっただろう。俺は恋愛ものの映画は観ない。男女の恋愛ものしかないから。それを恋人と鑑賞するとか、鳥肌が立つ。一緒にゲイビを観る方がよっぽどマシかもしれない。

「でもまぁ、お前となら見てやっていいかと思って」
「なんか、すみません……」

レンタルショップで借りてきたDVDをセットしながら、窪田は眉尻を下げた。
違う違う、そんな顔をさせたいわけじゃない。素直に喜んでるお前が見たかったんだって。

「なんだ、嬉しくないか?」
「いえっ!嬉しいんですよ!」
「じゃーも少し嬉しそうな顔しろよ」

ベッドに腰掛ける俺の隣に来た窪田は、頬を両手で挟んでわしわし揉んだ後、へらっと笑った。

「へへ。これで大丈夫ですか?」
「いいこだ。やればできるじゃないか」

可愛いやつ。満点差し上げる。
肩を並べて、半年ほど前に上映された映画を再生した。ダラダラと長い予告編の間に、コンビニに立ち寄って買ってきたコーヒーを飲む。流行りの役者も無名の役者も、何となく名前を知っている程度の俺の目には変わらない。
それよりも、前に来たときよりキレイになっている部屋を見て、俺が来るから片付けたんだろうなと考えている方が楽しい。

肩を寄せ合い、同じ画面を見つめ続けた。ベッドの上で膝を抱える窪田は、壁ドンやキスシーンにポーっと見入っているかと思えば、切ない展開に涙ぐんだりと、表情だけはよく動いた。
いちゃいちゃしたい、ってどの程度だ?映画のおかげでなんとなくいちゃつけそうな雰囲気だったから、さりげなく腰に手を回した。窪田は少し驚いたみたいだが、ゆっくりと俺の肩に寄りかかってきた。ふわふわの髪が頬をくすぐってくる。それを押し潰すように、自分の頭も窪田の頭にのせた。

「あぁ、終わっちゃった……」

エンドロールまでしっかり流しきって、窪田は名残惜しそうに溜め息を漏らした。

「お前、こういう話好きなの」
「ハッピーエンドが好きですね。あとは、胸キュンなシーンとかあると、いいなぁって思います」

いいなぁ、ってなんだ。羨ましいって意味なのか。胸キュンとか、俺にやれって言われても無理だ。キュンって感覚が分からん。

「イケメン俳優に見とれてたもんな。浮気者」
「えっ!?そんっ、そんなつもりじゃ……!」

悔し紛れの発言に、窪田は面白いほどうろたえた。まだ腰に手を回したままだから、間近に焦る窪田がいる。

「そうか、お前はああいうタイプのツラが好みなんだな」
「違いますよっ。俺が好きなのは、中塚さん!」
「壁ドンより腹パンの方が得意だぞ?」
「それは……痛いので……」

慌てたり怖がったり、忙しいやつ。すげぇな、こんな距離でこいつの表情の変化を見られる。ちょっと前までとは大違い。一年粘った甲斐があった。

「もう一回言ってほしい」
「え?腹パンは痛いので……」
「それじゃなくて、お前が好きなのは誰だって?」
「あ、改めて言うと恥ずかしいですっ」
「言ったらお前のリクエストも聞いてやる」
「…………壁ドン、してくれます?」

それ、自然な流れでやらないと、ただのコントになりそうだぞ。とはいえ、それがお望みとあらば仕方あるまい。さっき映像で予習もできたことだし。

「まぁ、やってみる」
「本当ですか!じゃあじゃあ、壁ドンからの顎クイで愛の告白っぽく何か言ってください!」
「意味のわからない呪文を唱えるな。なんだかよく知らないが、まずはお前の誠意を見せてみろ」
「お、俺が好きなのは、中塚さん、です」

合格!ちょっと恥じらいつつ、ちゃんと目を見てたのはポイント高いぞ。あざとさ満点だけど。
では、リクエストにお応えしよう。
窪田をベッドに押し倒して、顔のそばに手をついた。反対の手を顎に添えて、優しく横を向かせ、無防備に晒された頬へ軽くキス。そして耳元で囁く。

「俺も、伸太郎が好きだ」
「ひゃ……」
「これでいいのか?」
「壁ドンというか、床ドンの類になると思いますが、すっごくいいです……!」

きゃー、と言って顔を両手で覆い、じたばたしだしたから成功だろう。

「まさに胸キュンです。そうか、これがキュン死……」
「死ぬほどか?」
「やばいですよおー。ていうか、下の名前知ってたんですね。俺、中塚さんの名前知らないんですけど」

初めて会ったときに窪田のフルネームを聞いたが、そう言われてみれば、俺は名乗ってなかったかもしれない。

「晶午」
「しょうごさん、かぁ。漢字は?どう書くんですか?」
「水晶のショウに、午前午後のゴ」
「かっこいいですね」

話の流れとはいえ、窪田に名前で呼ばれてドキッとした。なるほど、これが胸キュンというやつなのか。

「下の名前で呼んでもいいですか?」
「ああ」
「晶午さん」
「なんだ」
「何でもないです」
「じゃあ呼ぶな」
「俺のことも名前で呼んでくださいね」
「伸太郎」
「はい!」
「何でもない」
「あはは!」

なんだ、このくだらないやり取りは。くだらないくせに楽しいぞ。これが俗にいう、いちゃいちゃというものか。

「楽しいな、伸太郎」
「俺も、楽しいです」

お前が我慢した三年分、沢山笑わせたい。



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