聞こえてる? | ナノ




聞いちゃいない
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「ふられちゃいました」

はいはい知ってます。
現在19時30分。居酒屋入って注文したハイボールが出てきて乾杯して、まず一言めがこれだ。

「まぁ、三年は長過ぎだったな」
「そもそも俺が本当に待ってるとは思ってなかったんですって。まさかあんな戯言を鵜呑みにして待ち続けるなんて、だって!酷くないですか!?」

のっけからお口がハイペースですこと。酒がハイペースになるよりいいんだが。運ばれてきた胡瓜の浅漬けと軟骨の唐揚げもしっかり口に入れつつ、窪田は話し続けた。

「約束するって言ってたから待ってたのに。俺の貴重な大学生活の内三年間を踏みにじっておいて、悪いなの一言で済ませるし!挙句の果てに結婚した?は?なんですかそれ!?」
「おう……。なんだ、ゲイじゃなかったのかよ」
「俺だって知りませんでしたよ!」

悔しそうにもも串をかじりながら、ハイボールも一口。そんな窪田を眺めながら、砂肝を噛みしめる俺。そりゃあ温厚な窪田も切れるわけだ。まさか置き去りにされて結婚まで。

「俺の時間を返してほしい……。この三年はいったいなんだったんですか。さっさとふってくれてたら、新しい恋をして今頃はもっとハッピーだったかもしれないのに!」
「今からでも新しい恋を始めるのは遅くねぇだろ」

例えば俺と、とかな。

「もう卒業するんですよ?遊びも恋も全力で楽しめる大学生活も終わり!次の春から新社会人!きっと仕事に追われて恋してる余裕なんてなくなっちゃうんだ……。あーあ、さようなら俺のモラトリアム」
「もうとっくの昔に社会人になっちまった俺の立場はどうなるんだよ。だいたい、社会人だって恋愛くらいするっつーの」
「中塚さんも、ですか?」
「おう」

やっぱりこいつ、昨日の俺のどさくさに紛れた告白は聞いちゃいなかったようだ。分かってはいたが、改めて確認しちまうとグッサリくる。歳をとるとまともに恋愛するのも億劫になるし、告白だって慎重を通り越して臆病になるっつーのに、昨夜俺はボロっと本音をこぼしてそのままスルーされた。こいつ、おっさんの貴重な告白をなんだと思ってやがる。

「あー、大人の恋愛って憧れるけど、俺にはまだ早い気がする」
「大人だって子供だって、恋すりゃ大差ないだろ」
「そうですか?学生と違って毎日会えないし、はしゃいだりとか、いちゃいちゃしたりとかしなくて、ドライなイメージ……」
「会いたきゃ会うし、年甲斐なくはしゃいだりいちゃつきたくなる時もあるんじゃねーの、大人でも」

俺は嫌だけど。

「うーん……。でも、夜たまに時間があれば会って、一緒に食事して、エッチしてバイバイって感じじゃないですか」
「それ、まんまふられた奴の話だろ」
「うっ」

図星らしい。年上と付き合った経験はそいつしかねーのかよ。そりゃロマンチストな窪田にはちょっとばかし物足りなかったのかもしれない。

「じゃあ中塚さんは?会えなくて寂しくなったりします?」
「さあな」
「遊園地ではしゃいだりとか」
「さあな」
「部屋でいちゃいちゃしながら恋愛映画観たりとか」
「さあな」
「もー!やっぱり大人だからそんなこと絶対ないんでしょー!」

窪田はぶーたれてテーブルに突っ伏した。今ドキの若者らしい妙にふわふわした髪型しやがって。撫でたい、なんてちらっと思ったが、ハイボールが残ったグラスととん平焼きが邪魔をした。

「付き合えば分かる」
「えぇー。そりゃ当たり前じゃないですか」
「付き合うか」
「ははっ!そうやって冗談言って、励まそうとしてくれてます?」
「お前なぁ……」

流石に呆れて溜め息が漏れた。この野郎、一度ならず二度までも。

「そーかいそーかい。お前は、俺が冗談でそういうこと言う奴だって思ってたんだな」
「え?」
「窪田にとっちゃ、俺なんざただの話聞いてくれる優しいおっさんだもんな」
「ちょ、もー中塚さぁん、なんで怒ってるんですかぁ」
「昨日言った。覚えてねぇならもういい。俺はこれからもお前の飯の相手する心優しいオトモダチだ」
「え、昨日?もー、酔っ払ってます?」
「ああ酔ってるよ」

窪田の大馬鹿野郎。トンチンカン。俺の儚い望みは完全に潰された。鈍感は罪だ。ジョッキに残ったハイボールを飲み干して、店員にもう一杯注文する。

「昨日……、昨日……」
「うるせー失恋ゲロ吐き野郎」
「わ、ヒドイ!暴言!今思い出してるとこなんでちょっと待ってくださいよぉ」
「三年くらい待ってりゃいいのか?」
「ほんと意地悪っ」

とん平焼きを食べながら、窪田は記憶を反芻しているらしい。眉根を寄せて、もぐもぐもぐもぐ。

「あの後、ビール飲んで酔っ払って中塚さんに電話してー」
「馬鹿とか死ねとか暴言吐いてー」
「ううっ、ごめんなさい……。河川敷行って、バチャバチャしてたら中塚さんが来てー、あれ?なんで中塚さん来てくれたんですか?」
「死んでやるって言われちゃあな」
「すみません……。えーっと、それから中塚さんが川から引っ張り上げてくれて、」
「その前に馬鹿中塚さんって言った」
「ううう〜、それもすみませんでしたっ。で、そのあとガシッとこう……、うん?抱きしめられました?よね?」
「そんで?」
「え、えっと、中塚さんが、俺が一途で健気だとか、うーんっと、報われないのは可哀想とか、あとは、あ、あれ……?」

窪田の回想はここで終わりかと、昨日から何回目かのがっくり感を食らわされた。と思ったのだが。

「え?えっ、あれ?あの、えーと、その……」
「真っ赤だぞ、お前」
「あの、中塚さんっ、俺を信じろとか俺を見ろっていうのは、つまり、そのっ」
「……なんだよ」
「中塚さんは、俺のこと、好きなんですか……?」

改めて聞くと、こっぱずかしい台詞だ。こっちまで赤面しそうな。軟骨の唐揚げをガリガリ噛み潰して、気を紛らわした。

「だったら悪いかよ」
「じゃあさっきの付き合うかっていうのは」
「そんな薄気味悪いことを、冗談でわざわざ言うと思うのかボケ」
「えっ。えええっ」

とうとう窪田は両手で顔を覆った。むしろ俺がそうしてぇよ。恥ずかしいったらありゃしねぇ。ガリガリ、ガリガリ。香ばしく揚げられた軟骨さんを、ひたすら噛み潰すことに集中した。

「いつ、いつからですか」
「最初から」
「最初って」
「お前に声掛けた日から」

なんとなく一夜の相手に良さそうだと思った。蓋を開けてみたら、一夜じゃもったいないと思えてきた。こいつに、こんな風に好かれたら幸せだろうなと、目に見えない恋敵が憎たらしかった。

「そんな素振り、ちっとも見せなかったじゃないですかぁ」
「たりめーだ。お前がふられて傷付いたところを優しく慰めて落としちまおうって、虎視眈々と狙い続けてきたからな。打算的でずるい奴なんだよ俺は」
「えぇぇ……」

困り果てた顔しやがって。嫌なら嫌って言いやがれ。

「困りますよぅ」

だろうな。その気がない相手に好きだって言われてもな。そら、もう一声。

「そんなこと言われたら、その気になっちゃうじゃないですか……」
「あ?なれよ。俺は困らねぇぞ」
「だって、ふられたからじゃあ、って……。めちゃくちゃ軽い奴じゃないですか」
「軽くても重くても関係ねぇ。つうか、石の上にも三年をやっちまう奴が、軽いとは思えねぇな」

優しくしてその気になるなら、いくらでも優しくしてやる。もう誰のものでもないなら、俺のものになればいい。ふられた翌日だろうが関係ねぇ。一年近く待ち続けたチャンスだ。

「窪田、同じことはもう言わねえからな」
「は、はい」
「あとはお前の答えだけだからな」
「はい……」
「ふられたらもうお前とは会わないからな」
「えっ!」
「返事は一週間待つ。三年も待ってやらねぇぞ。お前のバイトしてるファミレスに七時に行く」
「そ、そんなぁ」

強引だ。駆け引きなんて言えるもんじゃない、幼稚な脅しだ。みっともない。いい歳こいた大人をみっともなくさせるのが恋なら、これで最後にしたい。

「昨日はタクシー代ありがとよ。今日は奢りだ。じゃあな」

まごつく窪田に構わず、伝票持って会計へさっさと向かった。
一週間。処刑日を待つ、死刑囚のような気分だ。


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