聞こえてる? | ナノ




後日談:会えなくて寂しいC
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伸太郎と喧嘩してから一週間して、ようやく仕事に区切りがつけられそうだった。課長と部長のチェックが通ればいいところまで漕ぎ着け、残業もしないで済む。
会計係は全員、課長に追い払われるように帰らされた。斎藤はようやく起きてる子供に会えると喜んでいた。本田は営業課の同期と飲みに行くらしい。俺は、帰宅せずまっすぐ伸太郎の家に行くことにした。いなければ帰ってくるまで待つ覚悟だ。

普段より足早に向かったアパートは、窓から灯りが見えた。いることは確かだ。問題は開けてくれるかどうか。ドアの前で一呼吸置いて、インターホンを鳴らす。足音とサムターンを回す音がして、ドアが開いた。

「はーい。どちら様?」
「……どちら様?」

出てきたのは上裸の見知らぬ男だった。
まさか、伸太郎に限ってそんな馬鹿な。「浮気」の二文字が脳裏をよぎったとき、男の後ろから伸太郎が現れた。

「ちょっと、勝手に出るなよ馬鹿っ!」
「だってお前、出られるような状態じゃなかったじゃん」
「おい、窪田」
「晶午さん?!えっ、連絡なかったのに……」

連絡してから出直せ、ということだろうか。
頭を冷やしたい。さもなければ目の前の見知らぬ上裸の男を殴り殺しそうだ。そこの川で顔でも洗ってこようか。
踵を返して立ち去ろうとすると、腕を掴まれた。反射で振りほどくと、どすんと音がした。構わず歩き出すと、また腕を掴まれる。いい加減にしろ。振り向いて睨みつけると、さっきの知らない男がビビりながら立っていた。今度はちゃんと服を着ている。

「あの、すんません。彼氏さんとはつゆ知らず。俺、窪田と大学一緒のただの友達です。ちょっとふざけて遊んでただけなんで、あの、もう帰りますから」
「……謝るときはな」
「え?」
「すんませんじゃねぇ、すみませんだろぉがっ!」
「すっ、すみませんでしたァ!!」

大学生相手に大人気もへったくれもなかったが、大声出したらすっきりした。勢いよく頭を下げた自称窪田のただの友達は、そのまま「失礼しますっ」と逃げるように走っていった。
再びドアの近くまで戻ると、伸太郎がドアを開けたまましゃがみこんでいた。

「しょ、晶午さん……!あの、俺っ」
「次は連絡してから来る」
「やだっ!帰らないでください!」
「誰も帰るとは言ってないだろ。上がってくぞ」

足に縋りつかれたら、帰ろうにも帰れないだろう。部屋に上がると、テーブルにオセロが出しっぱなし、靴下とTシャツが脱ぎっぱなしの散らかりようだ。小学生なら母親に雷を落とされるだろう。

「すみません、散らかしてて……」
「いや……何してたんだ」
「野球挙オセロです」
「野球挙オセロ」
「負けたら脱ぐっていうルールで」

とんだいかがわしい遊びだ。

「どこまで脱いだ?」
「……パンツをかけた、最後の勝負でした……」

つまり、あのただの友達の前でパンツ一丁になった、と?なるほど、ただの友達が上裸だったのも、出られるような状態じゃないという発言も、合点が行く。

「あのなぁ……。相手が変な気起こしたらどーすんだよ」
「あっ、楠見はゲイじゃないって言ってるんで大丈夫です!」
「危機感が足りねえ。どうせこの下なんも着てないとかだろ」
「うひゃっ」

パーカーの裾をベロンと捲り上げると、案の定素肌が露出した。そこに放ってあるTシャツを着てたんだろう。慌ててパーカーだけかぶって、玄関に出てきたに違いない。

「こういうカッコしてると襲われるぞ、俺に。さっさと中に着ろ」
「……晶午さんになら、襲われてもいいんですよ?」
「寝言は寝て言え」

落ちているTシャツを拾って押し付けると、伸太郎は渋々パーカーを脱ぎ始めた。
俺は一体何をしに来たんだったか。謝るはずじゃなかったのか。どう切り出そうか悩んでいると、伸太郎の肘に真新しい傷があることに気が付いた。

「おい、肘赤くなってるぞ」
「大丈夫です、擦り傷ですから」
「なんでこんな擦り傷作って……」

はた、と思い至ったのは、さっき振り払った後に聞こえた、どすんという音。まさかあれ、伸太郎が倒れた音だったのか?

「……悪かった」
「俺が晶午さんの腕掴んだから……。それに本当、大した傷じゃないです」
「今回は俺が全面的に悪かった」

まだ着替え途中の伸太郎を、ぎゅっと抱きしめる。言葉で傷つけた上に、体にまで傷をつけてしまった。頭を抱えるように腕を回して、こめかみ辺りに頬を擦り寄せる。久しぶりの伸太郎の匂いだ。

「今日は謝りたくて、会いに来た。三年電話してくるなって言われたから」
「真に受けたんですか?」
「ラインの返事も来なかったからな」
「すみません。困らせたくなって、つい」
「ああ、大いに困った。仕事で大量にミスやらかしたし、後輩にイラついてるところ見られた。降参だ。俺が悪かった。許してほしい」

こめかみにキスを落として懇願した。
伸太郎はどれくらい腹を立てたんだろうか。これくらいじゃ済まされないくらい怒っていたかもしれない。今は腕の中で、いたずらっ子のように笑っている。

「どうしようかなぁ」
「お前が何も言わないことに甘えて、仕事だからって言い訳して、たくさん我慢させてすまなかった」
「他には?」
「あー……元彼の話を引き合いに出して悪かった」
「あとは?」
「突き飛ばして悪かった」
「もう一声」
「……寂しい思いをさせてすまなかった。俺も、お前に会いたかった。ワガママなのは俺のほうだった。本当に悪かった。お詫びに次の土日はお前の好きな所に行くし、好きなことしていい。何でも言う事聞くから、許してくれ」
「ふ、ははっ!晶午さんがこんなに必死なの初めて」

愉快そうな伸太郎に、もう一度キスをした。今度は頬に。
笑ってくれて良かった。怒って話も聞いてくれないようなら、土下座でもなんでもするつもりだった。

「必死にもなるさ。お前がいなきゃ困る」
「じゃあもう元彼の話を出すの、やめてくださいよ」
「未だに嫉妬するんだよ、顔も知らない野郎に。3年も無駄に束縛しやがって。さっきの奴も、憎ったらしい」
「晶午さんは意外とヤキモチ焼きですね」
「悪いな、余裕が無い大人で」
「可愛いです」

おっさん相手に可愛いとか、よく言えたもんだ。おまけにヨシヨシと頭を撫でてくる。今回は伸太郎の方が大人だった。

「このまま泊まっていきませんか?」
「……水曜だぞ」
「ごめんなさい。ちゃんと我慢します」
「明後日じゃ駄目か?」
「えっ!いいんですか?」

未だに伸太郎の部屋に泊めてもらったことはない。いつも日付が変わる前には必ず帰っていた。泊まれば絶対抱いてしまうという確信があったからだ。しかし元彼の影を引きずっている伸太郎を抱きたくなかった。どうやら俺の方がよっぽど元彼に執着していたようだ。

「そのまま休日一緒に過ごすぞ」
「はいっ!えへへ、どこに連れて行ってもらおうかなぁ」

こいつとならどこにでも行けそうだな、と思いながら、ワイシャツ越しに感じる伸太郎の素肌に手を触れないよう必死になっていたのは秘密だ。


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