聞こえてる? | ナノ




後日談:会えなくて寂しいB
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まさか伸太郎と喧嘩する日が来るとは思わなかった。今朝送った謝罪のメッセージにも返事は来ない。電話するなと言われたし、全部シカトされるんだろうなと思って、連絡つけるのはもう諦めた。

苛立ちは作業効率にも影響するらしい。入力ミスや漏れが重なり、修正を繰り返しているうちに日が暮れた。滑り込みで領収書を持ち込む営業課のやつにも腹が立つ。そんなもん自腹切っとけ!と何度か言いかけた。
俺がイライラしているのが目に見えてわかるせいで、後輩の斎藤が萎縮して修正チェックを言い出せなかったのを知ったのは、向かいに座る本田が代わりにそれをやっていると気が付いたからだ。既に残業時間へ突入しており、自業自得とはいえ、早く言えよ!と心の中で斎藤を怒鳴る。

「本田、それ俺の仕事だから、寄越して」
「私もちょうど手が空いたところで貰ったんで、大丈夫ですよ。中塚さんも何か手伝った方がいい仕事ありますか?」
「いや、大丈夫。ありがとう」

逆に気を遣われてしまい、面目もない。
気分転換が必要だ。ちんたらやってる場合じゃない。今日のミスは今日取り返す。席を立ち、フロアの自販機コーナーへ足を向けた。

「……うん、戸締まりだけしっかりな。飯?大丈夫、買って帰るか、帰ってから自分で用意するから……ああ、ありがとう。ごめんな。じゃ」

そこには先客がいた。家に連絡していたらしい課長は、俺を見ると「よっ」と手を挙げて笑う。

「息子さんですか」
「戸締り確認。もう中学生だけど、まだ中学生だから。それに、絶対寂しいとか言わないけど、まぁ、言わないだけでさ」
「……なるほど」
「小学生の時は起きて待とうとして失敗してさ、ソファで俺のパジャマ掴んで寝てたんだ。可愛いだろ?写メ見るか?」
「いや、結構です」

きっと伸太郎も、寂しい会いたいって言わないだけで、我慢してたんだろう。と言うより、俺が我慢させてたんだな。
無糖のブラックを買って、立ったまま飲んだ。課長は手に持っていたブルーマウンテンを飲みながら、スマホをスクロールしている。愛息子の写真フォルダでも眺めているに違いない。

「中塚は早く帰らなくて大丈夫か?」
「まぁ、帰りを待つ人もいませんから」
「水金は帰るの早くなったから、恋人でもできたかと思ってたのにな」
「……セクハラですか?」
「残念、ただのお節介でした。俺も息子が小さかった頃は早く帰らせてもらってたから、部下にもそうさせてやりたいだけだよ」

そう言って課長は空き缶を捨て、先に行ってしまった。
俺も早く帰れるように、仕事を片付けよう。そして会える時間を作って、謝らねば。



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