4-A.本当に桜が咲いでら。
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入学式での睦朗の感想は「人が多い!」の一言に尽きる。
中学は学年で40人ちょっとだったのに対し、新入生200人という、これまでより圧倒的に沢山の同級生が突然できてしまった。
「当社比5倍、中学の全校生徒数よりも多い……。」
田舎の少子高齢化を舐めてはいけない。と睦朗が心に刻んだ瞬間であった。
校長の長い話に欠伸を噛み殺しつつ、睦朗はなんとなく周囲に視線を巡らせた。既に髪の色が明るい生徒や、制服を着崩した生徒がいて、女子に至っては化粧をしていた者もいたものだから、やはり田舎とは随分と違うようだ。同じく周りを観察していた黒髪金メッシュの強面くんと目が合った瞬間には、ヒヤリとした。
この様子を後ろから見ていた須藤善治が、嶋守睦朗は落ち着きがない奴、と脳内にインプットしたことをこの時の睦朗は知らない。
時を同じくして、迷子の睦朗を救い一躍救世主となった吉田竜介は、あまりの退屈さに立ったまま寝そうになっていた。入学初日から朝寝坊、全力疾走で登校したため相当怠かったのだ。それもこれも迎えに来てくれなかった幼馴染が悪い。今までは毎朝ちゃんと学校に間に合うように迎えに来てくれていたのに、今日に限って先に登校した幼稚園からの幼馴染を恨みながら睡魔と闘っていた。
新入生代表挨拶、といういかにもつまらなさそうな題目を教頭が唱え、呼ばれた名前を聞いた竜介は少し眠気が飛んで行った。呼ばれたのはすぐ背後にいる生徒で、今まさに考えていた幼馴染、山本和泉だった。
和泉はあらかじめ決められた挨拶文を読み上げるだけの簡単な作業を全うすべく、壇上に立った。高い場所から生徒を見渡して、とても退屈そうな竜介と、暇を持て余している善治を見つけた。中学でもずっと三人一セットだった彼らが、高校に入ってもまた同じクラスに一かたまりになったのだから腐れ縁もいいところである。
滞りなく終了した入学式の後は各クラスでのHRの時間で、なんとなくお決まりの自己紹介をすることになっていた。名簿順、と聞いて名簿1番の赤木が「やっぱりね」といった様子で肩を落としていた。
「清い野を渡りゆく、と書いて清野渡です。担当科目は古典、一年間よろしく!」
生徒の前にはりきって自己紹介をしたのは担任の清野で、黒板にでかでかと名前を書いて大きな声で少々お寒い自分的決まり文句を生徒たちに向けて放った。人柄のよさそうな温和な顔立ちとちょっと野暮ったい丸眼鏡のせいか、どこか憎めないこの担任にクラスの大半の生徒は好印象を抱いたようだ。ちょっと中年太りが気になるのでダイエット中、と付け足された言葉に一部の生徒が吹き出す。
和やかなムードの中始まった自己紹介だが、睦朗は順番が近づくにつれ緊張していた。噛まない、訛らない、と自分に言い聞かせて自己紹介の内容を考えているうちに、あっという間に順番が回ってきてしまった。そのことに気がついたのは、後ろの席から椅子を蹴っ飛ばされたからだ。慌てて立ち上がり、考えもまとまらないままの睦朗の頭の中は、噛まない、訛らない、の自己暗示のみだった。
「あっ、えっと、1年3組嶋守睦朗です!よろしくお願いします!」
「嶋守〜ここにいるのは全員1年3組だぞ〜。」
担任のツッコミにクラスがどっと湧いた。あまりの恥ずかしさに真っ赤になった睦朗は、俯いて着席した。入学初日でクラス中の爆笑をかっさらったこの自己紹介は、しばらくの間クラスメイトの印象に残ることになる。
そんなインパクト大の自己紹介の後でも、善治は全く動じなかった。
「須藤善治です、よろしく。」
よろしくして欲しいとは微塵も思っていなさそうな、素っ気ない態度で終わった善治の自己紹介に、クラスも幾らか冷静さを取り戻したようだ。また順番に各自が名前に一言を添えて、立って座ってを繰り返していく。その行為も終盤を迎える頃、睦朗は「あっ」と小さく声を漏らした。見覚えのある姿が目に留まったからだ。
「吉田竜介です!誕生日は4月16日だからみんな祝ってねー!元気が取り柄ですっ、よろしく!」
明るく自己紹介をしたのは、今朝睦朗のピンチを救った例の救世主だった。同じクラスになれた幸運を心から感謝した睦朗は、後でお礼を言いに行こう、と頭の中で名前を復唱した。最後に若槻が自己紹介をして、1年3組40名分の名前と顔が揃った。
これからこのクラスで一年間過ごすんだ、と誰もが期待と不安と希望を胸中に抱いて、ホームルームは終了したのだった。
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