南部弁男子の飼い方 | ナノ




4-@.本当に桜が咲いでら。

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 今、睦朗は、完全に迷子になっていた。

「ど、道路が広い……。」

 なぜ車が三列横に並べるのか。そしてやっぱり信号が横一列だ。そんなことにすらいちいち感動と驚きを覚え、更に言うなら戸惑っていた。

 念願叶って東京。そう、睦朗は見事に志望校へ合格したのだった。それは誰もが予想しなかったことで、合格通知が届いても「……人違いだべ?」と両親はおろか担任までも訝る始末。新入生説明会の手紙が届くまでは皆一様に半信半疑で、手放しで喜んだのは睦朗と辰彦だけであった。と言っても、その頃には辰彦は既に日本を出ており、国際電話での報告だったのだが(初の国際電話で興奮したのは言うまでもない)。

 そして三月の末には叔父の留守宅へと引越しをした。東京の気温は地元のそれとは比べ物にならないほど暖かい。新幹線で出発した時にまだ地元には雪が残っていたのが信じられないくらいだった。身辺整理をして、そわそわと落ち着かないままに今日、入学式を迎えたのである。

 ところが道が分からない。

 新入生説明会の際に一度、通学路となる道を辿ってみたはずなのだが覚え切れていなかったらしい。バスを降りたはいいものの、さてどちらへ行くのだったか……、とキョロキョロ。田舎者丸出しである。

「おい!のんびりしてっと遅刻するぞ!」

 その田舎っぺに声を掛けたのは、同じ制服に袖を通した男子だった。人が滞りなく流れていく中で、一人だけ立ち止まってオロオロしていたのが目に付いたらしい。

「あ、えっ、はい!」
「ほらはやくはやく!走れっ!」

 睦朗にしてみれば、このワックスでツンツンに髪を立てた同じ学校の生徒であろう男子が、この瞬間に救世主となった。この男子生徒と一緒に走れば学校へ着くのだから。軽快な足取りで走っていく背中を追いかけ、睦朗も春の東京の街並みを駆け抜けた。

「……って、いうか、速いぃ!」

 走って追いかけたは良いものの、人を縫ってどんどん前へ進んでいく背中が徐々に遠のき始める。田舎の道にはこんなに人はいなかった、と睦朗は必死に前へ進みながらぼやいた。救世主くんはというと、自分も遅刻を免れるために全力疾走中で、置いてけぼりにした迷子のことはすっかり忘れていた。もとより、当人には迷子に声を掛けたものの面倒を見る気はさらさら無かったのだが。

 そうこうしているうちに完全に置いていかれた睦朗は、なんとか無事に校門まで辿り着いた。ここまでくれば一安心である。ホッと胸を撫で下ろし、生徒の流れに混ざって歩き出すと、いよいよ自分も東京の高校生の仲間入りであるという実感が湧いて先程までの冷や汗も引っ込んだ。
 ふと睦朗が顔を上げると、薄紅色の花を咲かせた桜の木々が目に映る。優しく枝を広げて淡い色付きを見せる桜は、まるで新入生たちを歓迎しているかのようだった。空も青く晴れ渡り、新生活のスタートには絶好の日和だ。

「本当に入学式に桜が咲くんだなぁ……。」

 桜前線がゴールデンウィークに重なるような土地で育った睦朗にとっては、入学式の満開の桜は初めて経験するものだった。どこか非現実的に映る光景は、しかし睦朗が待ち焦がれた景色でもある。すうっ、と胸に大きく息を吸い込み、東京の空気を全身で感じると、震え出しそうなほどの興奮が渦巻いた。

 生徒の流れに乗って玄関まで辿り着くと、各学年のクラス表が貼り出してあった。睦朗も大勢の中に入り混じって自分のクラスを確認すると、1年3組に振り分けられていた。今まで一クラスしかなかったので、これまた初めての3組に胸が高鳴る。
 ズラリと並んだ下足箱も、同じ色のネクタイを着けた沢山の同級生たちも、何もかもが田舎とは規模が違う。そんなことにいちいち感動しているのは睦朗くらいで、他の生徒たちは「これが当たり前」といった風にすんなりと受け入れている。ここに溶け込まないといけない、と息巻いていざ教室へと踏み込んだ。座席表は教室の前後にある入口のすぐ近くに貼ってあり、五十音順に並んだ氏名の中からたった一人の「嶋守」という苗字を見つけ出す。廊下側から二列目、後ろから二番目の席だ。既に隣や前後の生徒が着席しており、その真ん中に入っていくのは少し緊張した睦朗だったが、誰も彼のそんな様子には気が付いていない。おずおずと椅子に腰をおろし、鞄を机のわきに掛けて、随分と教室が狭いな、と睦朗は感じた。田舎の一クラス20人程度しかいない学校に通ってきた睦朗にとっては、無理もないことなのだろう。同じような広さの教室に今は40人の生徒が机を並べているのだから。さて入学式までの手持無沙汰な時間をどうしようかと周囲を見渡してみる。ざわざわとしている教室は、春の陽気と新生活の始まりに落ち着かない少年少女とで浮かれた空気が充満している。それに漏れず浮かれ気分の睦朗だったが、両隣はそれぞれ別の生徒とおしゃべりしていたし、前の席にいきなり後ろから声を掛けるのも躊躇われ、ただむやみに視線を彷徨わせた。

「あのさぁ、トイレにでも行きたいの?さっきからずっとそわそわしてるけど。」

 そんな睦朗の背後から、不機嫌そうな低い声が聞こえた。予想外の問いかけに驚き、ビクッとして振り返ると、憮然とした顔と目が合ってしまった。

「や、別にトイレ行きたいわけじゃ、ないけど。」
「なんだ、やけに忙しなくしてるから腹でも痛いのかと思った。」

 後ろの席の彼は、答えが返ってきた途端に興味を無くして手元のスマホに視線を戻した。それを見て、スマホをいじってたのに自分に声を掛けてきてくれた、ということに睦朗はいたく感激してしまったようだ。期待と不安の入り混じる中、いやむしろ不安の方が大きい中で、どんな些細な出来事も大げさに捉えてしまうらしい。

「ありがと。優しいんだね。」

 腹痛なんじゃないかと心配してくれた、と思い込んでいる睦朗は素直にお礼を言った。一方で、単に落ち着きない奴が視界に入って邪魔、という理由で声を掛けた後ろの席の彼は、何をどう勘違いしたのか分からない睦朗の言葉に面食らってついその顔をまじまじと見つめてしまった。ニコニコと笑顔を向けられて、どうもこそばゆい。

「別に優しくない。」
 
 自分をそんな風に思ったことがないからその通りに言っただけなのに、睦朗がちょっと悲しげに「そうなの?」と小首を傾げるものだから、余計に調子が狂う。
 睦朗としては、せっかく話しかけてもらえたんだからもっと話そう、と思っていたところを素っ気なくされてしまい、少々心が折れかけていた。しかし、これくらいでめげていたら田舎の両親や兄たちに笑い者にされてしまう。

「俺、嶋守睦朗っていうんだけど、名前教えて?」
「……須藤。」
「須藤くん、よろしく!」
「…………。」

 勇気を振り絞って名前を聞いたのに、スマホから視線を外さずに苗字だけ吐き捨てられて、さすがの睦郎もこれ以上話を続けさせてもらえないことを悟った。大人しく前を向いたら、ちょうど担任教師が教室の戸を開けた。

 桜が綺麗に咲いているのに、ちょっとしょっぱい気分だった。もしかしたら初対面なのに馴れ馴れしかったのかも、と睦朗は心の中で反省した。こんなことでは友達ができるのかどうかも怪しい。ますます不安が募る高校生活の始まりだった。


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