南部弁男子の飼い方 | ナノ




3.行ぐったら行ぐ。

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 祖母、両親、三人兄弟に叔父と、総勢七名の食卓はいつもと同じように和やかで賑やかだった。話題はやはり辰彦叔父の転勤について。

「まさか海外さ行ぐなんてなぁ。」
「でも、そったに遠ぐねぇよ。飛行機ですぐだ。」

 輝朗が上海の位置がわからず天朗に馬鹿にされ、飛行機が落ちないか心配な祖母は交通安全の祈願に行くと言い出し、海外に行ったことのない母が旅行に行きたいと父に打診し始め、てんでまとまりのない会話の中で、睦朗は叔父から着々と情報を引き出すことに集中した。今この会話次第で進路が決まるのだと、睦朗はいつになく真剣だった。

「いつから上海さ行ぐの?」
「年明けからだな。」
「日本に戻るのはいつ?」
「そうだなぁ、三年は向こうだべなぁ。」
「今住んでる所はどやすの?」
「いつ戻れるかわがんねぇから、とりあえず借りたままさしとくよ。結構気に入ってっからなぁ。」

 やけに質問責めにあうな、と辰彦は感じていたが、甥っ子がここまで自分に興味を持ってくれているということが彼の自尊心をくすぐった。実際、睦朗が興味を持っているのは叔父というより転勤話そのものだったのだが、それについて叔父が知ることはとうとうなかった。
 そして、叔父がもたらした情報は、睦朗にとってこの上なく有益なものだった。切り出すなら今しかない、と瞬時に判断した睦朗は少しだけ声量を上げて、しかし何でもないことのようにさらりと発言する。

「んだらその留守、俺が預かろうか?」

 いち早く反応したのは、天朗だった。睦朗に向き直ると、諦めの悪い弟にきつい目線を送る。

「ムツ。馬鹿言うな。」
「俺、マジで言ってるすけ馬鹿でねぇもん。」
「それが馬鹿だってへってらんだじゃ!ごんぼほんのもいい加減にしろ、このほんずなし!」

 時として親よりも厳しい長兄に、睦朗はちょっと怯みかけた。普段は優しいだけに、怒らせると怖いのである。睦朗は考えた。兄も父や母が頷けば従わざるを得ないだろう、ならばまずは親の説得と叔父の了承が先決だ、と。

「ねぇ、いいべ?おじさんちなら心配ねぇべ?」

 睦朗は両親(主に母の方)へと話の矛先を向けて顔色を伺うが、どうやら思わしくはないようだ。母は天朗と同じような険しい表情だし、父はうーんと困ったように唸るだけ。

「駄目だ。なんぼ辰彦さんちだってへっても、迷惑なもんは迷惑だべ。」
「迷惑かけないようにちゃんとするし!」
「だがら!おめが居座るのが迷惑だってへってらんだじゃ!わがんね奴だな!」

 やはり駄目なのか、憧れの東京は遥か彼方へ逃げていく……、と睦朗の思考が絶望の色に染まりかける。意味はちゃんと分からないくせに、四面楚歌という言葉が脳裏に浮かんだ。確かこういう状況だよなぁ、などとぼんやり頭の片隅で思っていた。

「まぁまぁ、そったに目鯨立てなくてもいいべ。なんだ、ムツは東京さ行きたいんだか?」

 味方のいない状況に陥った睦朗が可哀想に思えて、辰彦は場を取りなすように落ち着いた声音でそう言った。自分を慕ってくれる甥っ子が、過去の自分と同じような憧れを東京に持っているなら、なんとか力になってやりたかった。
 睦朗はこの叔父に最後の希望の光を見出した。もはや縋り付くならここしかないと直感が告げていた。

「んだ。おじさんみたいに東京さ行きてぇ。東京の高校受験したい。」
「だか。俺もその気持ちはよっく分かるなぁ。」
「おじさんは、俺がおじさんちに三年もいたら迷惑だべか。」
「うーん……。」

 ニコニコと睦朗の話を聞いていた辰彦は、兄とその嫁、つまり睦朗の両親を見据えて一つ提案した。

「どうせいない間も家賃は払い続けるんだし、空き巣なんかも心配だし、ムツに留守を預けても良いべか。」

 この時の叔父の言葉が、睦朗をどれほど喜ばせたことだろう。睦朗は飛び上がりそうになるのを必死に抑えた。内心は小躍り状態だ。

「ただし条件付きだ。受験できる高校はうちから通える一番近い学校のみ、落ちたら地元の高校さ行ぐこと。合格したら鍵を渡すってことで、どうだべ。」

 提示された条件は、睦朗にとっては容易に呑み込めるものだった。チャンスが与えられたのなら、それだけでも儲け物だ。また、両親にとっても悪い条件ではなかった。受験できる高校は一箇所に絞られたわけだし、落ちたら地元の高校というのもどちらかと言えば睦朗に不利なもので、手っ取り早く東京を諦めさせるには都合がいい。

「仮に合格したとして、一から住む場所だのなんだの探すより楽だべ。俺も赤の他人に留守を頼むよりは、ムツに頼んだ方がいいし。」
「まぁ、そうだな。おめだづがそこまで言うなら、そうするべ。」
「父ちゃんがそうするってんなら、それでいいんでねが。」
「〜〜〜〜っしゃあぁッッ!!」

 ようやく両親からの承諾を得た睦朗は、大きくガッツポーズした。それはもう、得点を決めた欧米のサッカー選手並みに大きなリアクションで、跳ね回りそうな勢いだ。そんな甥を見て辰彦も思わず頬が緩む。これだけ喜んでもらえれば、お節介のし甲斐もあったというものである。

「おじさん!おじさんありがとう!」
「はは、落ち着けよ。まだ東京さ行けるって決まったんじゃねぇんだべしな。」
「俺、頑張るすけ!絶対受かるすけ!」

 やれやれ、といった風に天朗が肩をすくめた。兄より先に東京へ行くとはけしからん、と輝朗がわめいた。睦朗も外国か?と祖母が呆けたことを言うので、父が違うと説明し、騒ぐ次男と三男を母がやかましいと叱りつけた。
 しかしそんな喧騒も、今の睦朗には全く耳に入っていない。

 夢にまで見た東京での生活が現実になるかもしれない興奮で、その夜は寝付けないほど睦朗の胸は高鳴っていた。




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