2.チャンス到来!
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中学校生活最後の夏休みが目前に迫っている。もういい加減に進路を定めなくてはならないという時期なのに、睦朗は未だに受験する高校を決めかねていた。東京の高校、とは言ったものの、具体的なことは情報して持ち合わせていないため何もできずにいるのが現状である。ネットで調べてみてもその莫大な学校数に唖然とするばかりで、この中から選ぶにしても何を基準に選べば良いのか、と途方に暮れていた。
このままでは地元のパッとしない高校に行かざるを得なくなる。それは嫌だなぁと、居間で大の字になりながら天井を仰ぐ。蝉の鳴き声がうるさい昼下がりだった。天井の木目を目で追いかけ、板三つ分まできたところで呼び鈴が鳴った。母が大きな声で返事をしたのも睦朗の耳に届いた。
予期せぬ来客は、睦朗にとって大きな幸運だった。
「おっムツか?いやーおがったな!」
「おじさん!久しぶり!」
居間に現れたのは睦朗の父の弟である辰彦叔父だった。辰彦は座卓を挟んで睦朗の向かい側に座り、田舎は涼しい、などと言いながらくつろぎ始める。睦朗も体を起こし、まばゆい笑顔で叔父に向き合った。気さくなこの叔父に睦朗は割と懐いており、純粋に再会できたことを喜んでいた。
「おじさんがこっちさ来るの珍しいね。盆でもないのに。」
「うん、報告がてら久々に帰省するべーと思ってさ。」
「報告?」
辰彦は就職して東京へ出て行った人間だった。次男坊であり、家業を継ぐ必要がなかったため、彼は早いうちから上京すると決めていた。そして進学先に東京の大学を選び、見事に合格して東京行きの切符を手にしたのだった。現在も関東方面で仕事をしている。そういう所も、睦朗が懐いた要因だったのかもしれない。
「上海の支社さ転勤になったのさ。だすけしばらくこっちゃさは帰ってこねぇ。」
「えっ!?海外さ行ぐの?すげー!」
卓上の灰皿を引き寄せながら、台所にいる睦朗の母にも聞こえるように辰彦が言った。それは単純に睦朗を驚かせ、同時にある希望を抱かせた。叔父は独身で、都内に一軒家を借りて住んでいると言っていたはずだ。その記憶を引っ張り出し、今回の情報と結びつけられた自分を睦朗は思いっきり誉め讃えたい気分だった。上手くいけば、東京の高校へ進学する夢がぐっと現実的になる。千載一遇のチャンスだ。
「ムツ、今年は受験の年だべ?頑張れよー。」
「ん。おじさんの顔見てたら受かりそうな気がしてきた。」
「あっはっは!なんだそりゃ!」
睦朗の思考など露も知らない叔父は、煙草の煙と一緒に笑い声を吐き出す。台所にいた母が、エプロンで手を拭きながら興味津々で話を聞きに来た。睦朗は余計なことを言わぬように、また、今しがた閃いたことをちゃんとまとめようと、無口になった。母との話では、どうやら叔父は夕食も一緒にするらしい。その時に、家族全員が揃った場で話すのがベストだ、と睦朗は考える。
これが最大のチャンスだと意気込む睦朗の熱意は、北の片田舎の夏よりも熱かった。
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