南部弁男子の飼い方 | ナノ




1.東京さ行きたい。

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「俺、東京の高校さ行ぐ!」

 しん、と静まる食卓。ぽかん、としている家族。
 そんなことは微塵も気にせず、発言した当人はギラギラとやる気に満ち溢れた目をしていた。

 嶋守家。青森県の片隅にある農村で兼業農家を営む、ごく平凡な田舎の一家である。両親と二人の兄と祖母を一瞬にして黙らせた張本人は、当家の三男坊だった。

「……おめ、なに寝ぼけだこど言ってんだ?」

 沈黙を破ったのは長兄で、その冷静な声にどうやら他の家族も目を覚ましたらしい。止めた箸を動かし、ある者は食べかけていた唐揚げを口に運び、またある者は嫌いな人参を皿の端に寄せ母に怒鳴られながら、各々の食事を再開するのであった。

「ちょっ、ねぇ!シカトはいぐねぇべ!?」

 食卓をバンバンと叩きながら末っ子は話を聞けと喚くものの、みんなどこ吹く風で受け流す。なにせ、三男の「東京行きたい!」は今に始まったことではないのだ。

「やがましな。黙って飯けぇ。」
「んだ。食わねぇなら唐揚げよこせ。」
「テル!おめはまず人参けぇ!」
「るっせぇババァ!」
「ばぁちゃん、まんま零してら。」
「あれぇ、やんだねぇ、ちり紙取ってけねがい?」
「タカ、そっちさねぇが?」
「なぁ!俺の話!どさ行ったのさ!」

 話をそらされてもなお食らいつく末弟に、ティッシュの箱を祖母に渡しながら長男は溜め息をついた。いつもこの「東京行ぐ!」を宥めすかすのは長男・天朗の役目だ。

「あのな、ムツ。高校ならこっちさもあるべ?それに東京の高校ったって具体的にどこさ行ぐ?どやして通うつもりだ?学費は誰が出すと思ってんだ?受験するったって向こうさ行って試験受けんだぞ?前日から行がねばなんねんだぞ?交通手段は、交通費は、受験費用は、落ちた時の滑り止めは?」
「ぐぬぬ。」

 天郎の論責めに睦朗は口を噤むしかなかった。父も「んだんだ」と頷いているし、母と次男はまだぎゃあぎゃあと揉めているし、祖母はマイペースにご飯を食べているし、誰も味方がいない睦朗が圧倒的に不利な情勢だ。

「でも俺、なんたかた東京さ行ぐ。」
「わがんねぇ奴だな。高校出てからでも東京は行けるべ。」
「今行きて。」
「むんつけても駄目。無理なもんは無理。諦めな。」

 天朗はそれきり、不貞腐れた睦朗の相手をしなかった。

 睦朗の東京への憧れは、遡ること数年前から始まる。小学生の頃、たまたまテレビで東京を知ることになったのだが、田圃と畑しかない田舎で育った睦朗は、東京の風景に驚愕した。
 高い建物がたくさん並んでいる。人がたくさんいる。車がたくさん走っている。交差点が斜めに横断できる。信号機が横一列。
 どこを取っても自分が住んでいる場所とはかけ離れた世界だった。もしや東京は外国か、はたまた近未来都市なのか。睦朗の受けた衝撃は筆舌に尽くし難かった。
 これを機に睦朗は東京の虜となった。事あるごとに「東京〜」と興奮しては天朗に宥められ、輝朗とはどちらが先に行くかで喧嘩し、母にゲンコツを食らう日々。
 さらに拍車を掛けたのが修学旅行で、東京に行けるとひと月前から大はしゃぎして、前日は眠れず終いだった。実際に東京の地へ降り立った睦朗は、テレビとは違うリアルな都会の情景と空気に心酔し、憧憬を強めることになる。

 そのパワーアップした憧れの気持ちが行き着いた先が「東京の高校へ行く」という結論だった。

 天朗の言うことももっともだと分かってはいるものの、睦朗には諦めるという選択肢は出てこなかった。このときはまだ、ただ漠然と東京の高校へ、としか思っていなかったのだが。



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