ストーカーですが、なにか? | ナノ




事情聴取は厳しめに

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首洗って待ってろ、とあの人は言ったのでした。僕はそれをうっかり忘れていた。

「よぉ、有木。弟が世話になったじゃねーか」
「こ、皇さん……!」

のんびりと居酒屋御伽でおにぎりを頬張るはずだった。苑くんも好きだという昆布のおにぎりを。しかし時を同じくして来店した、苑くんの兄である皇さんはそれを許してはくれなかった。

「事情聴取だ。ゆっくり話、聞かせてもらおうじゃねぇの」
「ヒッ、あ、あの、その手錠はどこから」
「安心しろレプリカだ」
「いえ、そのっ、後ろ手にされちゃうと動けませんけど」
「口だけは自由にさせとく」
「足まで!?あ、あ、縄は……縄は駄目です……!」

こうして至福のおにぎりタイムは、地獄の事情聴取タイムと変わってしまったのだ。腕は後ろに手錠で繋がれ、足は椅子の脚と仲良くこれまた手錠で繋がれ、胴体は縄で椅子の背もたれに縛り付けられた。
乙木さんも、一緒にいた藤井さんやノブくん、那緒さんも、いつも優しい千ちゃんでさえも、誰一人としてそれを止めはしなかった。むしろ興味津々といった様子で、これから何が始まるのか待ちきれないようだった。

「さて。容疑者の有木くん。貴方は7月30日の深夜、誰といましたか?」
「……苑くんです」
「何のために?」
「誕生日を祝おうと……。翌日が彼の誕生日だったので、一番にお祝いしたくて」

皇さんは腕組みをして、僕の前の椅子に座った。微笑み、丁寧な口調、どちらも端々からほとばしるどす黒いオーラが、恐怖を増長させる。

「どのように祝いましたか?」
「ケーキを一緒に食べたり、プレゼントをあげました」
「他には」
「え、と……日付が変わった瞬間に、おめでとうって言いました」
「他には?」
「あ、あはは……」
「笑って誤魔化さずに、正直に」
「い、一緒のベッドで、寝ました」

ゆらり、と皇さんは立ち上がった。背が高い彼は僕をゾッとするような目で見下ろした。
次の瞬間、僕の膝の間を、彼の革靴がガツンと踏み抜いた。

「ひいぃぃ!ごめんなさいごめんなさい!!」
「同じベッドで?」
「はいぃ!ごめんなさい!」
「その状況でまさか肩並べて眠っただけですとは、言わないな?」
「あっあっあの、すみません、その、」
「手を出したな?」
「あう、あ、あ……」
「答えろ」
「は……い」
「ぶっころ…!!!」
「はーいはい、皇くん。そこまでだよ〜。有木が震え上がって、ちびっちゃいそうになってるからね」

怒髪天を衝く、まさにそんな状態の皇さんを止めたのは乙木さんだった。現職の警察官の人を殺しかねない迫力は、それはもう、身も凍るような恐さだ。今この時、乙木さんは命の恩人となった。本当に殺されるかと思った。
そんな様子を見ていた藤井さんは、愉快そうにくっくっと笑いながら焼酎を飲んでいる。

「18歳おめでとう、遠慮なくいただきます、ってことか。有木も隅に置けないな」
「もう、煽っちゃダメだよ藤井ってば」
「乙木さん、止めてくれるな。俺はこいつをボコさないと死んでも死にきれない」
「皇くんもね、現職のおまわりさんの傷害事件は家族も悲しむよ。苑くんも、お兄さんがそんなことしたと知ったら、どんなに悲しむか……」
「くっ……!」

奥歯を噛み締め、皇さんはギリギリ踏み止まってくれた。乙木さんがいなければ、僕は数時間後には海の藻屑となっていたかもしれない。

「よくも……俺の大事な弟を……苑を……」
「本当に、僕なんかが、すみません……」

皇さんが怒るのも無理はないのだ。体を売って生計を立てているような輩に、大切な弟さんを渡す気にはなれないだろう。生活能力も乏しく、見た目も特筆すべき所はない。これといった取り柄もなく、ないない尽くしの駄目な人間。

「僕が、苑くんに釣り合わないのは、分かってるんです。ごめんなさい」
「てめぇ、マジでどつくぞ。卑屈になる暇があったら釣り合うための努力をしろ、クソガキ」

稀に見る口の悪さが、皇さんの本気度を物語っていた。額に青筋立てて睨みつける彼の目は、どんな刃物よりも鋭い。

「僕なんか僕なんかつってばっかりで、そっから抜け出す努力もしねぇ。分かってんなら行動に移せよ。現状に甘えてサボってんじゃねえ」

目からウロコが落ちた。僕はようやく気がついた。皇さんが言う通り、僕はただ自分を卑下するばかりで、それを改善することはなかった。
僕は、変わらなくちゃいけないんだ。

「大体、保護者にも責任があるんじゃないのか?どんだけ甘やかしたらこうなるんだ」
「俺は甘やかすのが得意なんだ」

突然話を振られた藤井さんは、肩を竦めた。

「厳しくするのも時には優しさだぞ」
「へぇ。弟をドロドロに溺愛してる男の口から、そんな言葉が聞けるとは」
「喧嘩売ってるのか、お前は……」

眉を吊り上げた皇さんにも、どこ吹く風で焼酎を飲み続ける。藤井さんは怖いもの無しだ。乙木さんは苦笑している。
皇さんは藤井さんの手からグラスをもぎ取ると、半分ほどあった焼酎を一気に飲み干した。藤井さんは「今のグラス、割り勘にしといて」と不満げに乙木さんへ告げる。

「おい、有木!」
「ヒッ!」
「絶対あいつを幸せにしろよ!泣かせたら即埋めるからな!」
「は、はい!」
「よし」

それだけ言って、皇さんは颯爽と店を後にした。
僕は、許されたんだろうか。

「……金は置いてけよ丸井」

藤井さんが恨めしげにボヤき、僕はハッと我に返った。

「あのぅ、これ、解いてもらえませんか」

拘束されたままだったのをすっかり忘れていた。

ノブくんと那緒さんに笑われながら写真を撮られてから、ようやく自由になった僕は、皇さんの言葉を心の中で反芻した。
現状を変える努力、僕に必要なこと。





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