ストーカーですが、なにか? | ナノ




61.翌朝も二人

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 目を覚ましたら、隣に有木はいなかった。
 ゆっくり体を起こすと、全身が軋んだ。深夜の行為を思い出して、一人恥ずかしさに身悶えた。
 どんな顔して有木に向き合ったらいいんだ。
 恐る恐る部屋を出ると、リビングにも有木はいなかった。不安になってウロウロしていたら、ベランダに痩せた背中を発見した。

「おはよ、苑くん」

 カララとサッシを開けると、気がついた有木は振り返っていつものへにゃっとした笑顔を見せた。煙草を吸っていたらしい。灰皿で火を揉み消し、中へ戻ってくる。

「シャワー浴びておいでよ」
「うん」

 促されるまま、シャワーを借りて汗を流した。シャンプーも、ボディソープも、家で使っているものと同じものが置いてあった。偶然……というよりは、有木のことだからわざと同じものを使っているような気もする。

 ドライヤーがどこにあるか分からず、そのままリビングに戻った。
 待ち構えていた有木の手にそれはあって、おいでおいでと手招かれる。おとなしくソファに座ると、温風が髪に当てられた。

「苑くんの髪を乾かすの、やってみたかったんだぁ」
「ふーん」

 髪を梳く指が、心地いい。
 そのままぼーっと風を受けていると、ふと思い出したことがあった。

「有木ってさぁ、乳首にもピアスあるよな」
「うん」
「痛くないの?」
「開けるときは痛かったよ。でもピアス開けるのって、なんかクセになるんだよねぇ」
「マゾ」
「えへへ」

 照れ笑いしてるけど、褒めてないぞ。
 髪を乾かし終わったら、簡単な朝食を済ませた。二人で朝ごはんを食べるのも初めてだ。

 何をするわけでもなく、ただソファに並んで座っていた。昨日貰ったパンダの抱き枕はリビングに放っておいたままになっていたので、可哀想なことをしたと思い、償いの気持ちも込めて抱き締めている。有木はそんな俺の隣、肩を寄せて密着してくる。恥ずかしいからパンダをもみもみして遊んでいるふりをして、横は絶対に向かなかった。

「苑くん」
「なに?」
「……こっち向いてくれないね」

 そう言った有木の声は、少し寂しそうに聞こえた。ちょっとだけなら、目を合わせてもいいかな。そう思ったのとほぼ同時に、有木は立ち上がり、テーブルに置いてあった煙草と灰皿を掴むと、ベランダに出ていってしまった。
 完全にタイミングを逃した。取り残された俺は、黙ってソファに身を沈めることしかできなかった。
 パンダとなら見つめあえるのに、有木とはできない。有木をパンダだと思えば、見つめられるかも?いやいや、無理があるだろ。とにかく、煙草終わったら有木の顔見ないと。ずっと目を合わせないわけにもいかないし。
 ところが、なかなか有木は戻ってこない。ちらちらベランダの方を見ては、はやく終われと念じてみたり。

 結局5分くらい経った頃には、痺れを切らしてベランダへ向かった。直射日光がさんさんと降り注ぐベランダでも、有木は黙々と煙を吸っている。今度はこっちを見なかった。

「どうしたの?」
「有木が、戻ってこないから」
「はは、ごめんね」

 元気の無い笑顔で、煙草を灰皿に押し付ける。
 あからさまに、しょんぼりしてるな。直射日光のせいじゃないことは分かってる。

「恥ずかしくて目合わせらんなかっただけだよ、ごめん」
「……そっか。ずっと素っ気なかったから、嫌われちゃったかと思った」

 良かった、と安堵の溜め息を漏らした有木は、部屋の中に戻ってきた。
 そろそろ帰らなくちゃいけない時間だった。といっても隣なんだけど。兄貴や宮も、もう帰ってくるだろう。有木も時計を確認して、そう思ったみたいだ。俺を見て「そろそろ……」と切り出してきた。

「帰らなくちゃ」
「これから、家族でお祝いだね」
「うん」
「ハッピーバースデー、苑くん」

 お祝いの言葉と共にキスが贈られた。ほんの少し煙草の香りがした。

 手荷物は大きくも小さくもないバッグと、パンダの抱き枕。スニーカーを履いて、見送りの有木を振り返る。

「またね、苑くん」
「うん……くん付け、やめたわけじゃなかったんだな」
「え?どうして?」
「呼び捨てしてたじゃん、その、……最中にさ」
「えっ、気が付かなかった!ごめんね」
「無意識かよ。まぁ、呼び捨てでいいじゃん。俺も呼び捨てしてるし」

 ドアを開けた。すっかり高い位置にいる太陽が眩しい。7月最後の日、大人の階段を登った日には相応しい晴天かもしれない。

「じゃあな、また」

 名残惜しそうな有木に、いったんお別れ。でもまたすぐ会えるよ、お隣さんだから。
 有木の手が伸びてきて頬に触れた瞬間、足音と話し声が聞こえてきた。

「あっ苑!ただいまー!」
「宮!おかえり」

 俺を見るなり駆け寄ってきたのは、同じく今日誕生日を迎えた双子の弟だった。その後ろには兄貴もいた。寮まで車で迎えに行くって言ってたっけ。

「誕生日おめでとぉー!プレゼントあるから、中入ろっ!何持ってんの?パンダ?可愛いね」
「はいはい、宮もおめでと。静かにしないと近所迷惑だろ。じゃね、有木」
「あ、お隣さん?すみませーん」
「有木、後日事情聴取だからな。首洗って待ってろ」

 一気に騒々しくなったもんだ。有木に凄む兄貴を引っ張って、はしゃぐ宮もろとも家に押し込んだ。
 最後に有木に手を振って、苦笑しながら手を振り返されて、ようやく長いようで短かったお泊まりデートが終わりを迎えたのだった。


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