ストーカーですが、なにか? | ナノ




59.前夜の祝福

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 とうとうこの日が来た。そう、お泊まり。
 たかがアパートの隣の部屋で寝るだけでも、それが恋人の部屋なら緊張してしまう。
 母親には、遊んでそのまま玲汰んちに泊まるから、と言っておいた。玲汰にも口裏合わせを頼んである。
 遅い時間に帰宅する母親が来る前に、家を出た。インターホンを鳴らすと、すぐに有木が出迎えてくれた。

「いらっしゃい、苑くん」

 いつもの、へにゃっと笑う有木だ。緊張がちょっとだけ緩む。
 夜遅くに部屋に上がるのは、実は初めてじゃない。と言っても有木は不在で、あの藤井さんに呼び出されて勝手に入ったんだった。有木と、この部屋に、こんな時間に二人きりなのは、初めてなのか。

「なんか、この時間に苑くんといるなんて、不思議なかんじだなぁ」

 有木も同じ感覚らしい。
 ソファに二人で座って、変な感じだね、と笑いあった。

「いつもは?休みのとき何してた?」
「うーんと、苑くんのこと考えてるかな!」
「あー、そう」

 通常運転だなぁと思う。有木の世界は俺を中心に回っているようだ。いつも話には俺、俺、俺ばっかり。俺の好きな物は、俺の嫌いな物は、俺がしたいことは、などなど。

「有木はほんとブレないよな」
「ん?」
「なんでもない。……あれ、ココどうした?」

 有木の左頬のあたりに、青い痣ができていた。手を伸ばして、そっと触れてみる。腫れている様子はないけど、痛そうだ。
 前に、仕事で傷付けられた有木を思い出した。もしかして、また?

「ちょっと、怪我しちゃった。もう治りかけだから大丈夫」
「……仕事?」
「大丈夫だよ」

 笑って、俺の手を優しく掴んで下ろさせた。もう何も言わせないつもりなんだろう。有木のそういうところ、本当に困る。心配もさせてくれない。

「んじゃー何しよっか。せっかく泊まりだし、オールで耐久ゲーム?あ、ホラー映画3本くらい見ちゃう?」
「ほ、ホラーは、その、アレだけど……、先にちょっとだけ、いい?」
「なに?」

 待っててね、と言って有木はキッチンに消えた。冷蔵庫から四角い箱を持ってきて、テーブルに置くと、そーっと箱を開ける。
 出てきたのは、小ぶりのカラフルなアイスケーキだった。

「明日、誕生日おめでとう!」
「わ、マジ?ありがとう!」

 ちゃんと覚えててくれたんだ、俺の誕生日。そういえば去年SNSでも、ちゃんと祝ってくれてたもんな。
 有木はいそいそとケーキに1と8のローソクを立てて、ライターで火をつけた。

「へー、ちゃんとローソクも用意してくれたんだ」
「フライングでごめんね。でも絶対、これやりたかったんだぁ」
「ローソクふー、をか」
「うんっ!あ、待って待って、ムービー!」

 正面にスマホを構えた有木がスタンバイした。撮られるのは恥ずかしいけど、せっかくだし。
 いくよ、と声を掛けると、有木はオッケーサインを出した。

「ふーっ」
「おめでとうございます!ささ、アイスだから溶けないうちに食べよう!」

 夏休み、深夜にアイスケーキ。この時間に食べる甘い物は、こっそり悪いことをしているようなドキドキがある。でも、有木が祝ってくれる誕生日だから、いいことにするんだ。

「今年は、有木がお祝い一番乗りだな」
「ちょっとズルだよね、前の日だもん」
「でもきっと、こうやって深夜に二人でケーキ食べたのは、忘れられない思い出になるよ」

 有木は顔を真っ赤にして、照れくさそうで、涙目になっていた。
 自分で言っといてなんだけど、恥ずかしくて自分も赤くなっている。
 アイスケーキが火照りを冷ましてくれますように。切り分けられて、断面も綺麗なそれを口に運んだら、あっという間に溶けて、甘く広がった。
 俺のために買ってきてくれたケーキ。どんな顔して選んだんだろう。どんなことを考えながら選んだんだろう。これを冷凍庫にしまって、俺の前に出すまできっと、俺の反応が怖くて落ち着かなかったのかな。甘さの中に、有木の気持ちも溶け込んでるような気がした。

「日付けが変わった瞬間に、またちゃんとおめでとう言うね」
「ん。分かった。時計ちゃんと見とかないとな」
「うん。あとね、今のうちにプレゼントも、渡していい?」
「うん」

 アイスケーキを食べ終わる頃、有木は隣の部屋から大きな包みを持ってきた。白い袋にくるまれ、赤いリボンを付けられたそれは、抱え込むのにちょうどいいくらいの大きさ。

「でか!なんだろ、開けてもいい?」
「うん。あの、気に入ってくれるか分からないけど……」

 自信なさそうな有木を尻目に、リボンを解いた。持ってみた感じはそんなに重くないし、固くもないんだけど。ガサガサと袋から出てきたのは、パンダ。

「パンダ、の抱き枕?ははっ、ちょー可愛いじゃん!」
「苑くん、パンダ好きって行ってたから」
「よく覚えてるな。ゲーセンでパンダのぬいぐるみ取った時くらいしか、言ってないと思うんだけど」

 確かに、自分の部屋にはゲーセンで取ったパンダのぬいぐるみ達が何個も転がっている。そのシリーズのパンダが妙に気に入っているからだ。そんな年に何回も言わないことを、覚えていたのか。なんというか、本当、さすがストーカーって感じ。

「や、やっぱり、高校生の男の子に、抱き枕って、だっ駄目だったかなぁ……」
「いやいやいや、駄目じゃないから。そんな青ざめなくても」
「ほんと?」
「嬉しいよ、ありがとう」

 ふかふかの抱き枕をむぎゅっと抱きしめて、気持ちよさをアピールしてみた。なめらかな毛並みのパンダだな。有木は変な悲鳴を上げて、天を仰いでいた。

「できればそのままストップで」
「え?」

 ものすごい速さで、シャッター音が響いた。西部劇のガンマンもびっくりの早撃ち……ならぬ早撮り。

「ウッ、ウッ、買ってよかった」
「有木も嬉しそうで何よりだよ……」

 握り締めたスマホを見つめて、嬉し涙を流す有木。俺が喜ばされてるのか、有木が喜ばされてるのか。
でも、俺の誕生日でこんなに喜んでくれるなら、すごい愛されてるなって自惚れてもいいかな。

「あ!」
「うわっ、なに!?」

 大声に驚いていたら、突然ガシッと両肩を掴まれた。パンダ越しに有木が迫っている。

「誕生日、おめでとう」

 通知音が何度も鳴って、俺のスマホに幾つもメッセージが届いているのを知らせていた。
 ああ、日付けが変わったんだ、と分かった瞬間、額に温かい感触があった。有木のキスだった。

「生まれてきてくれて、ありがとう」

 とても優しい微笑みだった。
 細くなった垂れ目も、緩く上がった口元も、紅潮した頬も、肩を掴んでいる細い指も、全部が俺を祝福してくれている。そういう錯覚に陥る。

「苑くんのスマホ、いっぱい鳴ってた。きっとみんなからお祝いのメッセージ届いてるね」
「後でいいから」
「でも、」
「いいから。……デコだけで終わるつもりかよ」

 テーブルの上に置いたままの、俺のスマホに伸びた手。有木が今気にするのは、そっちじゃないだろ。腕を掴んで引き寄せたら、息がかかるほど近付いた。

「俺、18歳になったよ」
「……うん」

 ゆっくりと唇が重なった。でも、さらっとした唇は、すぐに離れてしまった。目が合った有木は、困った顔をしている。

「やっぱり高校生じゃ、駄目?」
「…………」
「もっかい、キスだけでもいいから。じゃないと、嫉妬止まんない」
「嫉妬?」
「お客さんばっかり、ずるい。俺の有木なのに」

 有木の頭はビジネスモードに切り替わってるかもしれないけど、俺はやっぱり有木が他の誰かと寝てるのは嫌なんだ。その時だけは、有木の世界は俺を中心に回ってないから。

「わがままだって分かってるけど……、有木を独り占めしたいんだから、しょうがないだろ」
「苑くん……」
「だから、俺が高校卒業したら、有木の仕事辞めさせるから」
「ん!?」
「俺が仕事して稼いだら、それで飯食えばいいだろ。もっと早く大人になってれば、今すぐ辞めさせられたのに。ガキの自分が悔しい」
「あの、それは、なんだか、ぷ、プロポーズ、みたいな……」
「…………」
「…………」

 二人とも、真っ赤になっていた。
 俺はいったい何を口走ってるんだ。頭から湯気が出るほど恥ずかしい。マズイ。さすがの有木もこれはドン引きだろ。

「やっぱ今のナシ」

 若気の至りってこういうことか。なるほど。身を以て知ることになるとは。
 本当恥ずかしい。切腹案件だ。こんなことまで言うつもりなかったのに、俺の馬鹿。後悔の嵐の中、パンダの抱き枕に顔を沈めた。あーこのままパンダになりたい。

「こんな僕で良ければ、君に全てを捧げるよ」

 そろりと伸びた手が、髪を梳いた。そのまま手は後頭部へ回されて、くすぐったくて顔を上げた。
 有木の表情は分からなかった。すぐに目を閉じたから。

「すき」

 優しく短いキスの合間に、有木が囁く。何度も触れて離れて、繰り返されるキスにどんどん夢中になった。有木から求めてるのか、自分から求めてるのかも段々分からなくなるくらい、何度もキスを交わす。有木の両手が顔を包んで、もっとキスが増えていく。
そうしているうちに、触れるだけだったキスが、少しずつ音を立てるものに変わっていった。ちゅ、と唇を吸われ、慣れない行為に戸惑うけれど、有木は角度を変えてキスを重ねる。何もできないまま、まだ抱えていたパンダをきつく抱きしめて、有木の唇を感じていた。
 このまま、ずっとこれが続いたら、どうなるんだろ俺。

「ぁり、き」

 頭はポーっとしている。暑いのに、有木の体温が欲しくなった。手が無意識に有木を追いかけて、捕まえた。細い体だ。パンダは、ごめん。俺と有木の間に挟まって、潰れている。
 しがみついてきた俺の背中を、有木は優しく撫でてくれた。大切なものを扱うみたいに、優しく。

「すき」

 食べられそう。あむ、と唇を全て覆われて、離れたら上唇を舐められた。舐め上げられて僅かに空いた隙間に、ぬるりと滑り込んできたのは舌なんだろう。嫌じゃないけど、どう受け入れていいのかも分からない。舌は、歯を一つ一つを確認するみたいになぞる。間違って噛んだり、歯がぶつかったりしたらどうしよう。
 そんな俺の心配をよそに、舌はさらに中へと侵入してきた。歯の裏側も、上顎も、舌先が辿ってくすぐったい。息が、苦しい。

「ふ、ぁ……っ、んぅ」

 漏れた吐息まで、全部有木に攫われる。
 舌先にぬるっとした感触があって、肩が跳ねた。逃げた舌を誘うように、つんつんとつつかれるけど、どうしたらいい?初めての深いキスだから。応えたいけど、怖い。舌を引っ込めたまま何もできなくて、有木の服を握り締める。
 唇が、離れた。
 終わってしまう、と思ったら、自然と離れた唇を追っていた。開いた口から僅かに伸びる俺の舌を、有木は逃がさなかった。舌どうしが触れ合う生々しい感触。ピリピリと電流が走るような感覚。体が震える。自分のものとは思えないような、鼻にかかった声が漏れた。

「ん、ぅ……ふっ、あ」
「はぁ…っ、ん」

 吐息がぶつかる。舌が絡まる。唾液が混ざる。
 なんだこれ。痺れてるみたいな、でも、痛いんじゃなくて。全身がぞわぞわする。腰の辺りがむずむずする。
 知らない。こんなの、知らない。

「ごめんね。苑くん」

 突然終わったキスと、有木の声。眉間にしわを寄せた有木は、俺の目尻に触れた。涙が出ていたらしい。

「なんで……?」
「もう、止められないと思うから」

 抱き寄せられて、肩に有木が沈み込んでくる。汗ばんだ首元に、短いキスが落とされた。

「止めなくていいよ、有木」

 背中に回していた腕を、きつくした。
 有木なら、いいよ。
 俺の知らないこと、もっとたくさん教えて。




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