55.大人の選択
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僕は、初めてのとき、どんなだったっけ。
たぶん12歳のとき。ほとんど抵抗する間もなく、わけも分からないまま、終わった気がする。日が落ちた公園にひとりでいたら、知らない人に声をかけられて、お金をもらった。誰にも言わないって約束をした。そして茂みに隠れて犯された。そうかコレをすればお金もらえるんだ、って覚えたのはその時だった。
「ノブくんって初めて男の人とエッチしたときどうだった?」
「どうもこうも……それって有木さんとしたときだよ」
準備中の店内で、カウンターを拭くノブくんは何言ってんのと呆れ顔だ。
「うん、その、気持ち的に。嫌だったとか、気持ち悪かったとか、痛かったとか」
「えぇー?うーん、仕事だって割り切ってたからなぁ。嫌とかはないけど。気持ち良かったしぃ。なんで?」
確かに、二人とも藤井さんに言われて、近くのラブホテルで、した。ノブくんが18歳になってちょっとしてからの事だった。男同士の経験が無かった彼に、それを教える仕事を僕は任されたのだった。
「苑くん、どう思うのかなぁって」
「えっ!?とうとう襲いに行くの?」
「ち、違うよぉ!」
「なーんだ、有木さんの妄想か」
不法侵入して寝込み襲うのかと思った、なんて言って布巾を洗うノブくん。冗談きつい。
「なんで、苑くん、あんなこと言ったのかな」
「なに?どんなこと?」
「付き合ってるのに何もしてくれない、って」
「何も、ってキスくらいしたんでしょ?」
「してないよぉ……。この前ようやく手を握れたけど」
「そうなの!?」
「だってー、苑くんが高校卒業するまでは待たなくちゃって、思って」
それを聞いてノブくんはポカンとした。布巾を洗う手が止まっちゃってる。
「有木さんにもそういう常識みたいなの、一応あったんだね……」
「皇さんに釘を刺されたんだけどね……」
「ああ……」
そういえば皇さんにも常識ないって言われたっけ。たぶんみんなにそう思われてるんだろうな。もうちょっとまともな人間にならないと、苑くんにも愛想を尽かされてしまうかもしれない。
「有木も成長してるんだね」
ふふふ、と親のような眼差しで笑ったのは、ちょうど店に来た乙木さんだった。手には酒瓶の入ったケース。藤井さんへ届けに来たのだ。モップを置いて駆け寄り、ケースを受け取る。
「ありがと。苑くんとはどう?仲良くしてる?」
「はい。あっ、でも苑くんは僕に不満があるみたいで……」
「皇くんのいいつけを守ってるんだねぇ。えらいえらい」
ヨシヨシと頭を撫でられた。乙木さんは僕に対して、子供と接するみたいにする。初めて会った時は子供だったから、そのまま続いちゃってるんだろう。嫌な感じはしないし、きっと乙木さんの子供に生まれたら幸せだろうな。
「丸井苑は、何もしてこないヘタレ有木さんが嫌なんだって!」
「このまま嫌われたらどうしよう」
「まぁ年頃の男子高校生だし、エッチに興味あって当然でしょー。しかも有木さんがウリやってんの知ってるし、色々面白くないかもねー」
「…………」
「そんな青い顔しないでよ!もう深く考えずにレッツセックス!」
苑くんの気持ちを考えれば、そうした方がいいのか。
まともな大人になるためにも、断固たる決意で卒業を待つべきか。
あたまがいたい……。
「苑くんにはちゃんと説明した?」
「はい。僕は大人だから、苑くんが卒業するまで待つ、って。卒業まで待てないって言われちゃいましたけど……」
「そっか。彼、有木のこととっても好きなんだね」
「そうだといいんですけど」
好きだから、エッチなこともしたい。その気持ちは痛いほど分かる。
僕は苑くんを大事にしたい。
苑くんが望むなら、それを叶えてあげることは、苑くんの気持ちを大事にしてることになるのかな。
大人としてけじめをつけることは、苑くんを大事にしてることになるのかな。
好きな人を大事にするって、難しい。
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