49.鈍感な隣人
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学校から帰ると、やっぱりベランダで煙草を吸っている。目が合うと、へにゃっと笑って「おかえり」と言いながら手を振ってくる。隣人は相変わらず元気そうで何よりだ。
帰宅よりも先に、迷わず隣人宅の呼び鈴を鳴らせば、三秒も待たずにドアが開く。そうして二度目の「おかえり」を聞いて、招かれるまま部屋へ上がる。この部屋も相変わらず、ちょっとだけ散らかっている。隅にまとめられた洗濯物と、出しっぱなしの漫画本。気がつけば定位置になっていたソファの右端に沈んだら、すぐに飲み物も出てくる。隣り合って座り、なんでもない話をしたりゲームしたり本読んだり。そうして隣人が仕事のために家を出る時間まで、緩やかに、穏やかに、過ごすんだ。
「……って、なんでだよ!」
自分の部屋に戻って、今日も今日とて何の変化もなかった時間を振り返り、思わず声に出た本音。
もう付き合って二ヶ月近く経つというのに隣人は、隣に座る時でさえ一定の距離を置く。キスってなにそれ食えるの?ハグってなんだっけ?手ってどうやって繋ぐんだっけ?
恋人、になったんじゃなかったんだっけ。
これじゃただの隣人の時とおんなじ。
俺だって別にそういうことをしようとけしかけることもなく、ただ待ってるだけだから、有木のこと言えた口じゃないかもしれないけど。でもでもでも、ああいう仕事してる大人、だよな。普通考えるよな、あんなコトとかそんなコト。
もうちょっと、なんかこう、有木からされるのかと思ってたけど、なんもない。
「俺ってそんなに魅力ないかな」
「ぶはー!ウケる!何言ってんの苑!」
親友はそんな俺を笑い飛ばした。
「なんだよ、まだ進展なしかよ」
「なしですよ。なんでだよ」
「だーかーらー、自分から雰囲気作んないとさー」
それができたら苦労しない。だいたい、部屋にふたりっきりで邪魔者もなく目が合う……ところまでいって他にどういうアクションを選択すれば先にシナリオは進むわけ?
「目が合うのは当たり前じゃん。したら、こうさ、熱っぽい視線でじーっと見つめてみ?」
「おえー」
「照れ屋の苑くんにはぁ〜、ハードル高すぎるかなぁ〜?」
「てめ、喧嘩売ってんのか」
「玲汰様のありがたーいアドバイスだぜ」
なにそれ。とりあえずじっと見つめとけばいいの?手を握れ、とか言われても絶対できないけど、見つめるのは出来そう。三秒くらいなら。
じっと見つめたところで、有木なら「えーっと、へへへ」つって照れるだけで終わりそうな気もするけどな……。
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