ストーカーですが、なにか? | ナノ




48.晴天の霹靂

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 今まで特に何の感慨もなくやり過ごしてきた春という季節が、今年はとても暖かく感じる。それは苑くんがいてくれるからだ、恋人として。生まれて初めて恋をした人の恋人になれたんだから、この上なく幸せ。「頭にお花咲いてるね」と言ったのは千ちゃんで、もちろん悪気があるわけではなく、本当に僕がそんな状態だったのだ。

「春休み、どうだった?」

 営業時間終了後、いつものように御伽でごはんを食べていたら、乙木さんから尋ねられた。苑くんが春休みの間も僕の生活サイクルは変わらないけど、一つだけ大きな違いがあったことを僕は声を大にして言いたい。

「苑くんが毎日会いに来てくれました!」

 毎日、だ。来る日も来る日も苑くんが僕の部屋に上がっていったのだ。一方的に眺めてるのではなく、一緒に過ごせたのだ。これはもう、奇跡に近い。

「そーれーはーよーかーったーなー」

 恨みがましく空気を震わせた声の主は、今まさに来訪したお客様。その姿を見た瞬間、僕のポカポカ春の陽気は一瞬で真冬に逆戻りした。

「皇くん、いらっしゃいませ。駆け付け一杯いかが?」
「ありがとう乙木さん。ビールで」

 苑くんの兄こと丸井皇さんが、ご来店されました。トンズラきめたい。皇さんのオーラが黒くて怖い。苑くんのことが絡みさえしなければ、普段はとってもいい人なだけに、余計恐怖だ。

「うちの苑が世話になってるらしいじゃねえか有木さんよぉ」
「……はい。むしろ僕がお世話になってますぅ……」

 絡み方がヤクザの人みたい。怖い。乙木さんがいなかったら絞め殺されてるかもしれない。

「お前、言ってたよな。ただ見てるだけでいいんだって」
「はぁ、えっと、そのはずだったんですけど」

 あのときは恋してる自覚すらなくて、本当にずっと見ていられさえすればと思っていた。今はもっと、見ているだけじゃなくて、いろんな欲求が渦巻いている。
 皇さんは、乙木さんが出したビールをジョッキの半分程まで一気にあおった。どうしてこんなときに藤井さんがいないんだろう。

「まさか春休み中に手ぇ出したりしてねぇだろうな?」
「してないですよぅ……。手もつないでません」

 ただ隣に座ってゲームしたり漫画回し読みしたり宿題してる姿を眺めたり。手をつなぐどころか、指一本たりとも触れていないのだ。苑くんが帰った後に、苑くんの髪の毛が落ちてないか探したりしたけど。
 本当は、また抱きしめたい。ちょっと跳ねた髪の毛に指を通してみたい。形のいい耳から頬にかけて触れてみたい。それから、それから。

「うぅ……不純な自分が憎いです」

 カウンターに額をゴツ、と落とした。挙げたらキリがない欲求を持て余している。苑くんに見つからないように、こっそりと蓋をして隠している。いつまで隠し通せるのか、今すぐにでも曝け出してしまいたい気もするけど。

「さすが藤井によく躾られてるな。待て、は得意か」

 ふふん、と笑う皇さんは「ざまあみろ」とでも言いたげだ。

「ついでに一つ、いいことを教えてやる。大人はな、相手が18歳未満と知りながら淫らな行為をしちゃいけねーんだよ」
「…………?」

 僕は、皇さんの言ったことをすぐには理解できなかった。売春は駄目、なら分かるんだけど。年齢が関係あるなんて初耳だ。

「まさか、そんなわけないでしょう。みんな18歳くらいにはエッチ済ませてるじゃないですか」
「すまん。お前が非常識なのは知ってた」

 皇さんは引きつった笑いで、憐れんでいるような視線を僕に寄越す。これは、僕が非常識なのとどう関係があるんだろう。

「有木、大人は学生さんとエッチしちゃダメなんだよ〜」
「あ、乙木さんまで。騙されませんからね」

 皇さんと乙木さんは、顔を見合わせて肩をすくめた。
 そんな折に、引き戸がカラカラと開いて新たなお客さんを迎えた。やってきたのは藤井さんだった。その表情は疲労が色濃く残っている。

「いらっしゃい。大丈夫?疲れてるね」
「まぁ大丈夫かな……、芋焼酎ロックで」

 僕より一つ奥の席に座った藤井さんは髪をかきあげて、ふぅ、とため息を一つついた。煙草に火をつけて、もう一つため息をつくように紫煙を吐き出す。

「おい飼い主さん、ちゃんと自分とこの飼い犬に常識も教えとけよ」
「何の話?」
「セックスの際の注意点」
「ゴムは性病予防のためになるべくつけること、とか?」
「ゴムうんぬんの前の、大前提の部分の話だよ」

 ふーん、と煙草と呼吸を同時にしながら、藤井さんは少しだけ間を置いた。まさか、藤井さんも二人と同じように18歳未満がなんとかって言うんだろうか。

「有木、実はな」

 藤井さんが口を開き、僕を見る。思わず固唾を飲み込み、僕も藤井さんを見つめた。

「肛門は排泄器官であって生殖器ではないから、アナルセックスで金をもらってもウリにはならないんだ」
「ええー!?」
「ちげぇよ!そこじゃねぇよ!ちょ、え、そうなの!?俺もよく知らねぇな!!」
「あれ、違ったのか」

 藤井さんはそんなことどうでも良さそうに焼酎を飲み出した。すごいなぁ、やっぱり藤井さんは色んなことを知っている。

「18歳未満の学生さんとお付き合いしている有木に、なにかアドバイスは?」

 僕らのやりとりをクスクスと笑いながら、乙木さんが助け舟を出した。ついでに皇さんには枝豆とおかわりのビール、藤井さんには冷奴が出てきた。

「12歳からこの商売始めた有木に、大人と学生のセックス禁止って言ってもねぇ」
「ほ、本当だったんだ……」
「淫らな行為はしちゃ駄目だってさ。まぁ清らかなお付き合いしてるって言っても、信じてくれないのが世間だな」

 なるほど、たしかに皇さんにも疑惑の目を向けられている。
 恋愛って難しい。好きなだけじゃ駄目なんだ。




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