45.相思で相愛
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勢いでもなんでもいいから、とにかく言ってやろうと超特急で帰宅したら、やっぱり有木はベランダで煙草を吸っていた。俺を見るとあの、へにゃっとした笑顔で手を振ってきた。
「今から行くから!」
そう言って、有木の反応も確かめないまま走り出す。階段は一段飛ばしで。そのままの勢いで呼び鈴を鳴らすと、すぐにドアが開いておどおどした有木が現れた。少しだけ煙草の残り香がした。
「お、おかえり苑くん。どうしたの?」
「話があるんだけど、中入っていい?」
有木は一瞬息を呑んでから「どうぞ」と招き入れてくれた。急いだせいで汗をかいたが、今度は緊張の汗まで滲み出でくる。誤魔化すように手のひらをぐっと握り締めて、大丈夫と自分に言い聞かせた。
「ここでいいから、聞いて」
どくどくとやたら大袈裟に心臓が音を立てるのは、走ったせいじゃないって分かってる。深呼吸して落ち着こうなんて思う余裕すらない。
いつもと違った俺の様子を見て、有木も緊張しているみたいだった。強張った表情の有木と鏡映しみたいに、俺もおんなじような顔してるのかもしれない。
「俺、恋人候補やめる」
それだけ言うと、有木の目にみるみるうちに涙が溜まっていった。胸の辺りをぎゅっと掴んで、泣きそうになるのを堪えているようだった。
「分かった。ごめんね、今までありがと。やっぱり、無理だよね。僕なんか。無理言って、ごめんなさい」
「違う。そうじゃなくって、俺、候補なんて都合のいい言いわけして逃げてた。だからもうやめる。もったいつけるような真似してごめん」
それでも言ってることが分からないって顔をする有木に、俺はようやく決心した答えを口にした。
「有木の恋人に、してください」
心臓が裂けて血液が沸騰して頭が爆発しそうなくらい恥ずかしい。これで振られたら俺もう立ち直れないし、そこのベランダから飛び降りるかもしれない。と思っていたら、目の前で有木が膝から崩れ落ちた。
「夢みたい、こんなこと、こんな……、苑くんが、僕と?信じられない。そんな……」
有木はうわごとみたいに繰り返して、ぼたぼたと目から水をこぼしまくっている。予想を遥かに超えるリアクションに、驚いてちょっとどうしたらいいのか分からなくなったけど、とりあえずしゃがんで目線の高さを合わせてみた。有木が瞬きする度に大粒の涙が睫毛や頬を濡らしていって、顔面が大洪水状態だ。
「有木、大丈夫?」
「う、嬉しい。僕もう友達でいてくれたらそれでいいって思ってた。それでも十分すぎるくらいだって諦めようとしてた。まさか、本当に恋人になってもらえるなんて……これ以上幸せなこと他にない。幸せ過ぎて死んじゃうかもしれない」
そんなことを言われて、無性に愛しくなってしまった。俺、こんなに好かれているんだ。有木はこんなにも俺を好いてくれるんだ。
「もう泣くなよ。有木って泣き虫だよな」
子供をあやすみたいによしよしと頭を撫でると、「ひゃわあ」と変な声が出てきて思わず笑ってしまった。すると、有木はずずっと鼻をすすって、袖でごしごしと顔を拭く。
「あの、もう泣かないから、ひとつだけお願いしてもいい?」
「なに?」
「抱きしめてもいいですか」
大真面目にそう言う有木に、自分でもびっくりするくらい、素直に好きだと思えた。
「いいよ」
「ありがとう」
はにかんだ有木の腕がそっと背中に回されて、優しい温かさが伝わる。肩にくっつけられた額が、少しだけくすぐったい。
「苑くん、大好き」
口に出して答えるにはまだ恥ずかしさが勝っていて、心の中で同じ言葉を返した。
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