ストーカーですが、なにか? | ナノ




3.隣人の部屋

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家の鍵を忘れたことに気付いたのは、帰宅してポケットを探った時点でだった。

「やっべ……」

鞄の中を探してもない。もう一度ポケットを確認するが、やっぱりない。
パートに出た母親か、たまに帰ってくる兄が帰ってくるラッキーを待つしかない。問題はどこで待つか。
考えあぐねていると、ガチャリとドアの開く音がして、お隣さんが姿を現した。

「あれ、苑くん。どうしたんですか?」
「あー鍵持つの忘れて……締め出しです。はは」

それはそれは、と眉をひそめた有木さんは、次の瞬間ぱあっと笑顔になった。

「じゃあ僕の部屋で、お家の方待ちますか?」

思いも寄らない提案が飛び出た。まさか、挨拶をかわす程度の隣人付き合いでそんなことを言われるとは。

「いやぁ、さすがにそれは申し訳ないっていうか」
「気にしなくていいよ。お隣さんのよしみだし、どうせ一人暮らしだから困る人もいないし」

あ、やっぱり一人暮らしなんだ。というのは置いといて、せっかくの厚意を無下に断るのも気が引けた。人畜無害そうな気の抜けた笑顔のせいかもしれない。

「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
「うんっ!」

どーぞどーぞ、と言う有木さんに促されて、初めて隣人の部屋にお邪魔する。
間取り、うちとは反対なんだなぁ。同じ広さでもなんだか新鮮だった。

「あんまり綺麗にしてないんだよねぇ」

そう言って恥ずかしそうにする有木さんの言うとおり、リビングは雑然としていた。
読みかけの本が置きっ放しになっていたり、たたみかけの洗濯物の山が部屋の隅にあったり、DVDがごちゃっと棚に突っ込まれていたり。
まぁ一人暮らしの男の部屋ってこんなもんだよな。

「ソファにどうぞ。適当にくつろいでください」

そう言い置き、部屋の主はキッチンへと消えていったので、お邪魔しまーす、と控えめにソファの端に座った。
ふと、テーブルに置かれたままのノートパソコンに目をやると、閉じられた状態で何か挟まっている。写真かな?

「あっそれ邪魔だよね?」

グラスを持ってきた有木さんは、テーブルにそれを置いて代わりにパソコンを持ち上げる。

「あっ別に邪魔じゃないですし、そのままでも……」
「ちょうど片付けようと思ってたので」

そう言ってパソコンを隣の部屋に持って消える。気を遣わせてしまったみたいだ。

「……ん?」

目についたのは、床に落ちている紙片。さっきパソコンに挟まっていたものらしい。持ち上げた際に落ちたのか。拾い上げ、有木さんの入っていった部屋の扉をノックした。
いや、ノックしようとした、が正しい。

「俺?」

紙片は写真で、写真に写っているのは見覚えのある顔で。っていうか俺で。何で有木さんが俺の写真を?

「あれ、どうしましたか?」

隣の部屋から出てきた有木さんは、俺が写真を片手に固まっている様子を見て尋ねた。

「これ、落としましたよ」
「あ、気が付かなかったなぁ。ありがとうございます」

何事もなく写真を受け取り、また隣の部屋へ消え、すぐに戻ってきた有木さん。立ち尽くしたままの俺。

「どうしました?遠慮なく座っていいんですよ?」
「あっ、はい」

写真を見られたことについては、特に何のリアクションも無い。これは一体、どういうことなんだ。

「えっと……」
「あれ、コーラ好きでしたよね?」
「は、い」

何で知ってるんだよ!
疑惑の眼差しをじとーっと向けると、有木さんは何を勘違いしてるのか、ポッと頬を赤らめ俯いてしまった。

「あの、聞いてもいいですか」
「はい。何でしょうか」
「さっきの写真、なんですか」
「苑くんです」
「見りゃ分かります。何で俺の写真を持ってるんですかって聞いてるんです」
「よく撮れてるでしょ?ふふふ」
「……質問を変えますね。挨拶程度にしか会話したことないはずの有木さんが、何で俺の好きな飲み物を知ってるんですか」
「よく呟いてるじゃないですか」
「???」

話が噛み合わない。隣人は宇宙人だったのか?俺の理解が及ばない存在?日本語で話してるのに日本語が通じていない。

「ツイッターの苑くんのアカウント、知ってるんです」
「なっ!?」

驚きのあまり、なんだと、という短い言葉さえも引っ込んだ。

「そこで“ありき”として苑くんとお話してます」
「あ……、えっ!?」

それは、その名前はよく目にするものだ。趣味の話とかめちゃくちゃよくするし、マメに返信くれる人だ。
まさか。


「どうも、リアルでは初めまして、“まる”。いつも仲良くさせてもらってる“ありき”です」
「うっそ……」

なにそれタチの悪い冗談?
いや、確かに、それなら色々な辻褄が合う。俺の行動や趣味が筒抜けなのも。うわぁマジかよ!頭を抱えたくなる衝動が湧き上がる。

「その様子だと、全然気付いてなかったみたいですね」
「気付くも何も、そんな素振りちーっとも見せなかったじゃないですか!」
「ふふふ、上手く隠せてたみたいで良かったです」
「良くねぇわ!」

つまりこの人は、俺と知っててツイッターをフォローして絡みにきてた訳で。

「そう言ってくれれば良かったのに、なんでわざわざ隠してたんですか」
「だって、僕だって分かったら気兼ねなく絡んでもらえないと思って……」

言い訳を口にして下向いて、人差し指でソファにぐるぐると円を描く隣人。
そんなこと気にしてたのか。たぶん普通に絡んでたと思うけど。

「ったく、なんでそんなこと気にするんですか。訳分かんないですよ」
「それは、君の事が好きだからです」

好き、ってなぁ……。そんなに好かれるような事したっけ?普通にご近所付き合いして、ツイッターでは普通に会話してただけなんだよな。まぁ“ありき”=有木さんと知らずに、だけど。

「あの、好いてもらえる事自体はありがたいですし、有木さんと“ありき”が同一人物と分かってもこれまでと変わらないんで。そんなこと気にしなくても良いですよ」
「ほっほんとに?!」

パアッと輝きに満ちた瞳で、見つめてくる有木さん。そんなに嬉しいのか。見えないはずの尻尾がブンブンしてるのが見えるようだ……。

「良かったぁ、んふふ。じゃあこれからも、よろしくね」
「はぁ、よろしくです」

へにゃあ、と締まりのない笑みを向けられると、何だかこっちも力抜ける。
ほんと、変な隣人だ。


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