ストーカーですが、なにか? | ナノ




44.激情で決心

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「だからさー、もうグダグダしてないでさっさと決めたらいいじゃん」

 がやがやと、人と電子音で騒がしいゲームセンターで、玲汰が声を張った。放課後、誘われたので言われるがままについてきて、気が付くと話題は俺と有木のことになっていた。サイトでも相変わらずの、本当に全く変わらない、やりとりが続く俺らを見て、玲汰はモヤモヤしていたらしい。

「告られたとかって返事保留したまんま、なーんも変わらないでやりとりしてさー。生殺しもいいとこだよまったく。もしかしてずっとこのままでいるつもり?自然消滅的になかったことにしようとしてる?なぁ聞いてるー!?」
「あーっもう!うるせー今話しかけんな!もう少しで取れそうなの!」
「ちっ、人が心配してやってんのに」
「わーってるって……あああ落とした!」
「ざまぁ」

 代われ、と俺をのけて機械の前に立つと百円玉を五枚追加して、玲汰が景品めがけてアームを動かした。
 別になかったことにしようとしてるわけじゃない。たぶん答えも出ている。ただ、言い出すきっかけとか、タイミングとか、うまい言葉とか、そういうのが掴めなくて困っているだけだ。お隣さんが、ただのお隣さんじゃなくなる瞬間が、ほんの少し不安なんだ。

「例えば、平民の自分が、自分が絶対敵わないようなスーパーマンとずっと一緒にいてそれが当たり前だった奴と、すんなり付き合えると思う?」
「はぁ?」

 俺は全く自信が無い。スーパーマンとは言わずもがな藤井さんのことで、あの人が有木のスタンダードだとしたら、ハードル高すぎ。そもそもあの人が茶々入れてこなければ、俺は有木から告白されることもなかったし、それどころか隣人としての有木も失うところだった。今の状況が藤井さんの思惑通りなのだとしたら、ゾッとする。手の平の上で転がされてるんだ。

「意味わかんないけど、ありきはお前がいいって言ってんだからそれでいいじゃん」
「付き合ってみたらつまんないって言われるかも」
「根に持ってんな……。それ元カノの話だろ」

 はいはいそーですおっしゃる通り。こんな俺でも彼女がいたことくらいはあって、だがしかし二ヶ月くらいであっさり別れた。はっきり言えば振られた。

「苑は奥手だからなー。キスもしなかったんだっけ?」
「うーるーさーいー」
「だって苑ってば全然手出してこないんだもんつまんない!だっけ」
「傷口抉ってくるのマジでやめてくんない?」

 裏声で元カノの真似をしてくる玲汰のせいで、苦い思い出が蘇る。ファーストキスって大事じゃん。そんな軽々しくしていいもんなわけ?そいでもってそんな理由で振られるとか酷い話じゃないか。それ以来どうも恋愛には臆病になっている。

「ありきはそんなにガツガツしたタイプには見えないし、そんな心配しなくたっていいんじゃねーの?大人なんだしさ、あっちがリードしてくれるって。たぶん」
「ガキ扱いされて、やっぱり物足りないみたくなったらそれも嫌だな……」
「本当に全力でネガティブだよな!」

 そんなこと言われたって、と反論しようとしたらこっちをじっと見ている視線に気がついた。目が合ってしまって思わず逸らしたけど、どこかで見たことあるような……。

「ねぇ!丸井苑だよね!」
「あ?誰?苑の知り合い?」

 目を逸らしたにも関わらず詰め寄ってきたそいつは、なぜか俺の名前を知っている。けれど、俺は全然名前が浮かんでこない。

「すみません、どちら様ですか」
「えー覚えてない?そっか名乗ってもなかったっけ?こっちは有木さんから耳タコなるくらい苑くん苑くん聞いてたから、すっかり知り合い気分だった!」
「有木?」

 ようやく記憶を引き出せた。有木の店の人だ、電話とか一番最初に出てきた人。私服だとより年が近く感じられる。っていうか、もしかして本当に同い年なんじゃ?

「ありきの知り合いの人なんだ?」
「あー、うん。前に偶然会ったことが……」
「知り合いっていうか同僚?偶然っていうか苑が乗り込んできた感じ?」
「ちょっ!」

 余計なことを……と睨みつけても、相手は知らんぷりだ。玲汰には訝しがられてるし。
 まずい。これ以上いらんことを言われる前になんとかせねば。

「玲汰、そろそろバイト行く時間じゃね?」
「まぁボチボチな。じゃあ後で聞くから」
「うえ」

 有無を言わさぬ口調と視線が突き刺さった。そして玲汰は予期せぬ介入者をチラッと見て、小声で囁く。

「あと、変なのに巻き込まれるなよ」
「ん」

 玲汰が取ったパンダのぬいぐるみがポンと肩に置かれたのでありがたく受け取る。俺がいいとこまで寄せたから取れたやつ。
 じゃあ、と玲汰が帰っていくのを少し見守ってから乱入者に向き合った。一応ちゃんと待っていてくれたらしい。

「友達?有木さんのこと聞かれたらマズイの?」
「有木の素性知らないんで」

 そう言う俺もよくは知らないけど。

「ふーん。俺もよく知らないけど、苑が知らない有木さんは知ってるかな?」

 見透かしたように笑う彼は挑発しているのかなんなのか。気にしていない素振りで帰ろうとすると、鞄を掴まれた。

「まぁまぁ、仕事休みで暇だからさ、ちょっと付き合ってよ」
「俺はそんなに暇じゃないんですけど」
「そんな警戒心バリバリになんなくったって大丈夫だよっ。有木さんのこと話したいだろー?俺もあんま知らないけど!」

 なんでかよく分からないけど、ズルズルと引っ張られるままにゲームセンターを出て、知らない道を歩かされた。悪い人ではなさそうだけど、良い人なのかどうか。っていうか、俺はどうしてあの店の人に引っ張られることが多いのか。店主含めて謎が多い人間ばっかり。怖いって。
 ほんの数分でたどり着いた場所は屋外のバスケットコートで、隅っこのベンチに「まぁ座って座って」と促された。広くはないけれど、誰もいなくてがらんとしている中、二人でベンチに腰掛けた。

「今日はここで遊ぶ約束してっから、みんなが集まるまで暇だったんだー。まさか有木さんの丸井苑に会うとは思わなかったな」
「その、あの店の人らに顔と名前が割れてるのは大体分かってるんだけど、俺はそっち知らないんだけど」
「だはは、名乗るの忘れてた!新山信之っていうの。十八歳。もうすぐ十九になるけど」

 予想通り年は近かった。よく笑ってよく喋る人らしい。笑った顔は年齢より幼く見えるし、悪いことをしそうな感じでもなくて、ちょっとだけど警戒心が和らいだ。

「苑はいくつだっけ?」
「高二。十七歳」
「じゃー俺のが先輩だなっ。つっても全然タメ口で良いんだけどさ!あとノブって呼んでな。みんなそう呼ぶからさ」
「はぁ……」
「苑はさぁ、有木さんの恋人未満なわけだろ?結局付き合う気はあるの?」

 さっきまで玲汰に聞かれてたことと同じだ。いきなり痛い所を突いてくるあたりが容赦ない。藤井さんといい、遠慮とかないのかな。直接の知り合いでもなんでもないはずなんだけど。

「一応、あるつもり」
「はっきりしねぇなぁ。その気があるならさっさと付き合っちゃえよ。有木さんが何年片想いし続けてストーカーみたくなってたと思ってんのさ」
「何年なの?」
「ええーっと……五年くらい?だったかな。俺が店入る前だからわかんねぇや」

 中学の時からというなら、有木の話とも合うから間違いないんだろう。おはようございますを言っていただけだった頃だ。ストーカー状態っていうのは周知の事実らしい。そういえば部屋にあった写真は処分してくれたんだろうか。

「有木と藤井さんってどんな関係?」
「オーナーは有木さんの飼い主だよねー。っていうか有木さんに限らず、あの店にいるのはみんなオーナーに飼われてる感じ。あの人、捨て猫拾うの好きみたい。俺も拾ってもらったし」

 どうやら藤井さんはお節介焼きで世話好きのようだ。それなら、身寄りのなくなった有木を引き取ったのもあり得ない話じゃない。
 少しほっとしたのと同時に、有木の話の裏取りみたいなことをしてることが後ろめたい気もした。俺、有木のこと信用できてないのかな。そんな自分になんかへこむ。 

「オーナーは心広いし、有木さんもなんだかんだで優しいし、那緒さんも千ちゃんも遊んでくれるし、あそこは居心地良いよ。それにああ見えて有木さんも意外と頼れるっていうか?まぁ店の中の仕事はあんまし役立たずっていうかアレだけど、外の仕事はやっぱ長いから、なんつーかベテランの域だよねー。あの人あれでもタチできるんだぜ?俺も外の仕事解禁なったとき有木さんに……あー……」
「有木に?」
「えー、うーんと、お世話になった?っていう感じ?」

 白々しいな。饒舌だったのに突然言葉を濁し始めたら、誰だって怪しいって思うだろ。きっと俺に言わない方がいいって分かってるから、ノブは笑って誤魔化してる。でもそんな風に隠されたら余計気になるし、俺はそういう隠し方されるのが嫌いなんだよなぁ。

「お世話って?」
「いろいろ」
「例えば?」
「ノウハウを教えてもらったりとか」
「どんな?」
「そりゃー、ネコやるための云々をさぁ」
「どこでどんな風に教えてもらった?」
「お、怒るなよ?」
「うん。怒らない。たぶん」
「……ラブホで、実技」
「…………」

 そうだろうなーとは思ってたけど。実際聞くとさすがにショックだ。外の仕事って要するにウリで、ホテルで実技ってつまりヤッたんだろ。知らない奴からお金貰って寝てるっていうの聞いたときも衝撃的だったけど、そういう仕事だし有木が選んだ仕事に口出しなんかできないから、百歩譲って黙ってるけど、まさか店の人とも寝てたなんて。

「怒るなってぇ!お互い仕事のためだし、藤井さんにそうしろって言われたんだからしょうがねーだろ?第一、まだ有木さんと付き合ってるわけでもねーのに怒る資格なんてねぇだろ、な?」
「……付き合ってたら怒ってもいいわけ?」
「うーん、まぁ、一発殴られるくらいの覚悟はすっかな」
「わかった」

 正直、むちゃくちゃ腹立つ。ノブじゃなくて有木の方に。俺のこと好きなくせに!って向こう脛蹴っ飛ばしてやりたい。でも確かにノブの言う通り、付き合ってもないのにそんなこと言えた立場じゃない。

「一発じゃなくて二、三発くらいになるかも」
「えー殴る気満々かよ……え?」

 なんで殴る気満々かって、そりゃ怒ってもいい立場になるからに決まってる。
 



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