43.疑問と劣等
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隣に藤井さんが住んでいたことよりも、その藤井さんと有木が一緒に住んでいたことの方に驚いた。あの人がまるで自分の家のようにこの部屋へ入っていくのはそういうことだったのか。
有木は自分が悪いと言う。それは違う気がする。嫌なら嫌、無理なら無理だって判断する大人だと思う、藤井さんは。優しい人だからってかばうけど、優しすぎやしないか。それは、優しさの域を超えてないか?
「ごめんね、苑くん。僕、君をがっかりさせることしかできないみたい」
そう言うと有木はしょんぼりした。なんか、悪いことしてるみたいな気分だ。俺は有木の生い立ちに同情するよりも先に、有木を今まで庇護してきた藤井さんに嫉妬している。そのことが輪をかけて有木に悪いことをしているような気にさせた。
「有木の、そういうことも隠したりしないでちゃんと話してくれるとこ、いいと思う。変に秘密にされるの嫌だから」
「……本当?でも僕、全然いいとこないよ」
「有木がそう思い込んでるだけだって」
そうかな、とちょっとだけ照れくさそうに有木は笑った。話、変えた方がいいのかもしれないけど、どうしても気になることができてしまった。
「う、んと……、有木ってさ、もしかして藤井さんのこと、好きだったりしたの?」
だとしたら俺は到底あの人に及ばないような気がして不安になった。向こうの方があからさまにハイスペックで、本当に付き合い出したらもしかして有木は俺じゃ駄目だと思うんじゃないか?比べられたらひとたまりもない。
「藤井さんのことは好きだけど、苑くんに対する好きとは違うんだ。あの人は、あくまでも自分は『飼い主』だって、そう言ってた。僕もそれでいいと思ってる」
「うーん、そっか……」
「苑くんが、特別。ずっと側にいたいって思うの。世界で一番好きだよ」
恥ずかしい台詞も素直に言ってしまう有木が、嘘をついているわけなんかない。不安になるのは、俺が藤井さんに劣等感を抱いているからだ。
「ごめん、なんか変に勘繰って」
「ううん、僕の方こそごめんね。苑くんにとってはあんまりおもしろい話じゃないよね……」
「ま、まぁ面白可笑しい話じゃないけど……。いいんだ、俺が聞きたくて聞いてるんだから」
有木に謝らせてばっかりの俺の方が面白くない奴だよ、ってひねた気分になってしまった。藤井さんのあの余裕綽々のニヤリ顔がパッと浮かんで、畜生って心の中で毒づいた。
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