ストーカーですが、なにか? | ナノ




42.部屋と沈鬱

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 苑くんからメールが届いていた。また遊びに来てくれるらしい。僕の部屋よりも、どこかへ出掛けた方が楽しんでもらえるんじゃないかと思ったけど、なんにせよ嬉しい。うちの店は月曜定休だから、月曜日に会えたら一日中一緒にいられる。でも、苑くんは学生だから平日は学校で、それなら日曜日の昼間がベターだ。

 ということで、苑くんが部屋にいる。

「あの、本当にうちで良かった?どこか外の方が楽しいんじゃない?」
「部屋でのんびりしてるのも良いんじゃない」

 有木は仕事あるし、と言って苑くんはコーラを一口飲んだ。こうして僕のことを気遣ってくれる、いい子なのだ。嬉しさでつい口元が緩んでしまう。

「あ。あのね、苑くんがこないだ気になるって言ってたゲーム、やってみたんだぁ」
「マジ?どうだった?」

 サイトで呟いていたゲーム名を話題に上げると、苑くんは興味を示してくれた。ソフトを買わなくてもプレイできるいわゆるソシャゲは、苑くんがよくやっているので僕も自然と覚えた。こうして仲良くなる前にも、ゲーム内の友達申請というのをしたことがある。たぶん苑くんは知らないと思うけど。

「有木っていろいろゲームやるのな」
「そうかな」

 それは苑くんがやっているからだよ、とは言えない。ゲームも、漫画も、アニメも、苑くんが好きだったから僕も好きになった。そうでなければ僕はそんなものとは無縁だったに違いない。藤井さんは新聞や小説は読んでも漫画は読んでいなかったし、ニュースや天気予報は見てもアニメは見ていなかったもの。

「でもヘタクソだからなぁ」
「そうなんだ。パズルゲームとかめっちゃできそうなのに」
「僕、頭悪いから全然駄目だよ」

 パズルゲームは飽きないけど、要領が悪くて上手とは言えないのだ。苑くんは僕よりずっとうまいのに、ちょっと飽きっぽい所があるのかある程度までやり込むと別の新しいゲームを見つけてくる。その度に僕もそれを追いかけている。

「勉強できなくてもゲームはできるじゃん。成績悪かった?」
「うん。ビリ」
「うっそ!」

 苑くんは驚いた顔。いつも上位にいる苑くんにしてみれば、確かに信じられないことかもしれない。

「勉強苦手だったんだ」
「あは、義務教育だからかろうじて卒業できた感じだよ」
「え?高校は?」
「行ってないんだ。中卒だよ、僕」

 今度は何も言えなくなった苑くんが、困ったような申し訳なさそうな、そんな顔をした。
 高校は、中退したわけではなく通わなかった。中学ですでに色々あってつまづいていた僕が、高校生活をまともに送れる見込みもなかった。なによりお金がなかったし、中学を卒業してすぐに藤井さんの店で働くことにしたのだった。

「ごめん、なんか俺、余計なこと聞いたかも」
「ああ、気にしないで!いいんだよ別に、僕はなんとも思ってないから!」

 どうやら苑くんは聞いちゃいけないことを聞いてしまったと思っているらしい。そんなことないのに。かえって気を遣わせたみたいで、僕の方が申し訳ないくらいだ。

「いいんだよ、本当に。苑くんが僕に質問してくれるってことは、ちょっとでも興味があるってことでしょ?すごく嬉しいよ」

 僕は苑くんのこといっぱい知っているけれど、苑くんは僕のことをあまり知らない。だから僕を知って欲しい。良い所なんか全然ないけど。

「だから、なんでも聞いて。苑くんになら、なんでも話すから」
「うーん……なんでも?」
「うんうん」

 笑って頷き返すと、苑くんは少しホッとしたようで「それじゃあ、」と質問の続きが始まる。

「中学はどこ?」
「この町じゃないところ。昔住んでた町だよ」
「じゃあいつからここに住んでるの?」
「中二から。この部屋には元々藤井さんが住んでたんだ」
「じゃあ一緒に住んでたんだ」
「うん。ここは二人で住むには十分広いから」

 ふぅん、と言って苑くんはコーラを一口飲んだ。ちょっと尖らせてる唇が可愛い。

「親は?別々に住んだの?」
「父親は離婚して家にいなかったし、母親は死んじゃった。誰も引き取り手がいなくて、藤井さんが一緒に住もうって言ってくれたんだ」
「え、そうなんだ……」
「あっ、でも全然寂しくないよ!藤井さんもお店のみんなもいるし!」

 また苑くんの表情を曇らせてしまった。取り繕うように笑ってみせたけど、やっぱり重い雰囲気は払拭できない。困ったな、楽しくお話ししたいのに。

「本当に、平気なんだよ?それに今は苑くんがいて、毎日すごく楽しいんだ。苑くんのこと考えるだけで幸せな気分になるし、会えたらもっと嬉しくなるし、こうして部屋に来てくれるし、こんな僕にかまってくれるなんて夢みたいだなって思うし、本当に大好きで、あの、あの……」

 どうしよう、何言ってるか分からなくなってきた。駄目だなぁ、せっかく遊びにきてくれたのに、これじゃあ苑くんがつまらないよ。どうしよう、呆れられちゃう。嫌われちゃう。

「あの、さ。なんで親がいなくなった有木のこと、赤の他人の藤井さんがわざわざ引き取ったの?」
「へ?あ、それはそうなる前から藤井さんにお世話になってて、それで」
「それだけで?どんだけ世話になってたかは知らないけど、他人の子供引き取るって相当大変なんじゃないの?十年くらい前になるんだろうけど藤井さんだって若かった頃でしょ?」

 たしかに苑くんの言うことも分かる。当時藤井さんは二十代だった。まさか中学生を養うなんて、誰も思いはしないだろう。でも実際そうだったのだ。俺のところに来るか、と聞いたのは藤井さんだった。それを望んだのは僕だった。

「……あまり、いい話じゃないっていうか、言いにくいことだけど、僕が今みたいな仕事をし始めたの、苑くんの年よりも下だった頃なんだ。藤井さんとは12歳のときに知り合って、時々あのお店で働かせてもらってた。正式に入店したのは中学出てからだったけれど」
「じゅ……っ!?それ違法じゃ、」
「もちろん、その頃はお客さんの相手するんじゃなくて皿洗いとかだったんだよ、お店では。周りに頼れる大人は藤井さんだけだった。だから、僕が悪いんだよね。家族がいなくなったとき、藤井さんを頼っちゃんたんだもの」
「それは、別に有木が悪いんじゃないと思うけど……」
「でも、結果的に藤井さんは僕に巻き込まれちゃったんだ。赤の他人なのに僕を引き取ってくれたのは、その当時誰よりも僕の事情を知っていたからっていうのと、単純にそういうのを放っておけない性格の人だったからなんだろうね。優しい人なんだよ」

 あーあ、苑くんはとうとう俯いてしまった。僕は誰かを楽しませることにはとことん向かないようだ。僕のことを知ってもらいたいと思っていたけれど、これじゃあなにも知らないでいてもらった方が良かったみたい。自分のこれまでの人生を呪ったのは今が初めてだ。せめて僕がもっとまともな人間だったら、こんな風にはなっていなかったかもしれない。

「ごめんね、苑くん。僕、君をがっかりさせることしかできないみたい」

 情けなくて、みっともなくて、不甲斐ない僕は、謝ることしかできない。



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