ストーカーですが、なにか? | ナノ




40.交換に成功

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 今日は苑くんの帰りが遅い。

 いつもの時間にベランダに出て、いつもより多い本数の煙草を消費した。そろそろ支度をしなくちゃ。そう思いつつ、もう一本分だけ、と苑くんを待ちわびたけどどうやら時間切れのようだ。短くなった煙草を灰皿に押し付けて、部屋に入る。

 支度といったって、大した持ち物もない。煙草とスマホと財布と鍵。これだけ持って、僕は仕事へ行く。今日も今日とて同じだ。
 苑くんの顔を見てから仕事に行きたかったな。しゅん、と萎れた気持ちのままドアを開けた。向こうから聞こえてくる、階段を登る足音が苑くんのものだったらいいのに。

「あ、有木」
「苑くん!おかえり!」

 本当に苑くんだった!ああ、なんという幸運。今日の運は使い果たしたかもしれない。

「これから仕事?」
「うん。……あのね、お願いがあるんだけどいい?」
「なに?」
「あとででもいいんだけど、苑くんのアドレスとか教えてほしいんだけど……駄目かな」

 なんとも厚かましいお願いではあるのだけど、もっと苑くんとお近づきになるためには知っておきたかった。これを伝えたくて、今日は苑くんを待っていたのだ。断られたら、まぁ、へこみそう。

「あー、そっか。そういえばまだ知らなかったわ。全然いいよ」
「わ、わ、本当!?やった!」

 思っていたよりずっとあっさり快諾してくれた苑くんは、制服のポケットからスマホを取り出した。飛び上がるくらい嬉しいのをぐっとこらえて僕もスマホを取り出す。

「有木の電話番号教えて。後で俺の送るから。いま全部やってると電車逃すっしょ?」

 さりげなく僕を気遣ってくれる優しさに、胸を打たれる。まったく、なんて愛しい。そんな苑くんが大好き。
 11桁の数字の羅列をゆっくり唱えると、それを追いかけながら苑くんの指が画面をタップする。最後に入力した内容を声に出して僕に確認すると、苑くんは「これでよし、っと」満足そうに頷くのだった。

「じゃあ送っとくから。いってらっしゃい」
「ありがとう!いってきます」

 こんなふうに、送りだしてもらえるのがとても幸せだなんて、知らなかった。


◇ ◇ ◇


 るんるん気分で店に着くと、掃き出しをしていたノブくんに「顔やばい緩んでる」と言われた。

 カウンターを拭いていたせんちゃんには、「ご機嫌そうだね」と言われた。

 グラスを磨いていた藤井さんには、「那緒は遅刻だって」と事務連絡された。

 僕はすっかり浮かれていて、鼻歌交じりで着替えを済ませた。

「藤井さん、藤井さん」
「ん?」
「ふふふ。苑くんに電話番号教えちゃいました!」
「そうか。良かったじゃないか」
「ふふ!」

 ぽんぽん、と頭を撫でる藤井さんも微笑んでいる。今日もお仕事頑張れそうだ。

 藤井さんを手伝ってグラスを磨いていると、不意にポケットの中でスマホが震え出した。もしかしたら……という期待は見事的中、見慣れない番号からのメッセージは苑くんから送られたものだった。

「わ、わ!やったやった!苑くんから電話番号とメアドきましたよ藤井さん!」
「まだ開店時間前だから、返事してもいいよ」
「はーい!」

 電話番号、メールアドレス、登録よろしく、という簡潔な内容でも、僕にはとっても心躍る文面だった。好きな人の情報がアドレス帳に追加されるんだもの。僕の狭い交友関係の中に苑くんがいて、それだけで幸せ。


<さっそく送ってくれて、どうもありがとう。登録したよ。>


 件名に僕の名前をいれて、苑くんにメールを送信。これで僕のメールアドレスも苑くんに伝わった。そして彼のアドレス帳にも、僕の名前が加わるんだろう。限られた人たちしか入れない中に、僕も。

「あぁう……どうしよう藤井さん。嬉しすぎて死んじゃいそう」
「死ぬにはまだ早いな」

 弛緩した頬はまだ、引き締められそうにもない。



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