39.煩悶と親友
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恋人候補になったのはいいんだけど、なにすりゃいいんだ。
「はぁぁぁ……。なんか、自分の首絞めたかも。」
「なにしたんだよ。」
机にズベーッと突っ伏した俺の頭上から降ってきたのは、親友の声。顔を上げると、デコピンがクリーンヒットした。玲汰のデコピンは容赦無い。
「ってぇ……!お前なー、不意打ちはずるいぞ。」
「ぼっけーとしてるお前が悪い。朝からずっとボンヤリしてんじゃん。気持ち悪い。」
これが親友なりの心配の仕方だっていうのは理解している。だって俺の前の席で、椅子の背もたれを抱えるように座って、話聞く態勢できてるし。
幸い、放課後の教室には俺ら以外の誰もいない。部活とかバイトとか遊びとか、みんなそれぞれ忙しくしている。
「バイトは?」
「休み。」
「ふーん。」
「で?何ウジウジしてんの?」
「んんー……なんつーか、うん。」
いくら親友といえど、男同士で付き合うかもしれないなんて言いにくい。ドン引きされる可能性だってある。俺も玲汰も、今まで女子を好きになって付き合ってきた。男同士なんて、考えたこともなかった。
「はよ言え。帰るぞ。」
「……有木ってゲイなんだって。」
「へぇ、そうなんだ。」
「それで、俺のこと好きなんだって。」
「ほー。お前は?」
「断れなくて、保留にした。」
「え、なんで?」
「もうちょっと有木のこと知ってから決める、ってことで。」
「うわー……。」
なんだよその反応。やっぱり親友がホモかもしれないって気持ち悪いのか。怪訝そうな顔をした玲汰は、椅子で船を漕いでいる。かたん、かたん、と一定のリズムが夕日の差し込む教室内に刻まれた。
「苑って、前女子と付き合ってたよな。」
「まぁ……。割とすぐ別れたけど。」
「そうだっけ。ま、それは置いといて、もしその保留にしたのが、断ったらありきが可哀想だから、って理由なら今すぐ無理ですって言った方がいいと思うけど。」
がた、と音を鳴らして椅子が止まる。なんとなく、玲汰が言いたいことは分かった。
「同情ならやめた方がいいってことだろ?」
「そう。お前ら仲良いから、友情と恋愛を履き違えてたら悲惨。だって苑はありきとキスだのセックスだのできる?」
「んな……っ!もうちょっとオブラートに包むとかしろよ!」
ズバッとストレートな言い方に思わず怯んだけど、確かにそういうことなんだ。恋人になるってことはつまり、そういう、アレやコレも込みで、ってこと。でも男同士って、どうやるのかなんて知らない。俺は知らなくても有木は知っている。いずれその壁にぶち当たるのは回避不能だ。
「まぁ、相手のことよく知ってからっていうのも分かるけど、あんまし期待させといてやっぱり駄目でしたって、傷を深くさせるだけだしさぁ。」
「そう、だよな。」
「っていうかさ、苑はありきのこと好きなの?」
「えっ、あぁー、うん、まぁ。」
はっきりしない俺の回答に、玲汰は苛立ったようだ。またデコピンをしようと構えたその腕を、慌てて掴んで下ろさせる。ちっ、と舌打ちされたがとりあえず痛い仕打ちは避けられた。
「恋愛感情かどうか微妙ってこと!」
「んなもん、すぐわかるだろが。お前俺のこと好きか?好きだろ?」
「え、なに、キモい。」
「友達として!だよ!」
「ああ、うん、分かってるけど。そんなん今さらすぎて。」
「じゃあありきに対する好きと同じか?」
「それは、うーん……。」
「ほらみろ、自覚してるくせに認めたくないだけじゃんか。」
ああ、本当だ。言われてみれば、単純な。
だからって、すんなりと受け入れられるわけじゃない。
「だって、男同士って、やっぱり変じゃないか?」
「なにがどう変なんだよ。」
「お前だって、親友がホモなんて気持ち悪くない?」
「全然。なんなのお前、俺のこと馬鹿にしてんの?そんなことくらいでお前のこと嫌いになったりしねーよ。俺の広い懐なめんな。」
「自分で広いって言うかよ……。」
苦笑いで誤魔化したけど、本当はすごく嬉しい言葉だった。やっぱりこいつが親友で良かったと思う。
「好きになったのがたまたま男だった、ってだけなんだからさ、変じゃねぇよ。それ言ったらありきも変だってことになるしさ。」
「うん。」
「本当に好きならそれでいいじゃん。」
「うん。」
「んだよ、泣いてんの?」
「泣いてねぇ。」
泣きそうなだけ。泣いてない。いい奴、なんて口が裂けても言わないけど、感謝しとく。
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