38.食事の時間
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その日、営業時間が終わってから、藤井さんが全員を引き連れて御伽でごはんを奢ってくれた。乙木さんは御伽の営業が終わっても、食事を用意してくれる。それはたぶん、僕らのためではなくて、藤井さんのためなんだろうな、と二人の付き合いを見て思うのだった。
「ところで、恋人候補ってなに?」
いただきます、と手を合わせてから藤井さんは僕に向かって質問を投げかけた。ノブくんや千ちゃん、那緒さんまでも僕を見てくるので、お店のみんなが知っているようだ。隠す必要もないんだけれど。
「苑くんは、僕のことをもっと知ってから、付き合うか決めるって」
「あぁ……まぁ常識的な」
苦笑して藤井さんはお味噌汁に口を付けた。唐揚げを頬張るノブくんは、なんでか不満そうな顔でうーんと唸っている。
「別に付き合いながら知っていけば良いのに……」
「ノブはせっかちだなぁ」
中途半端な状態が納得いかないんだね。ノブくんらしいと言えばらしい。那緒さんはあまり興味なさそうで、黙々と箸を動かしている。
「想いが伝わって良かったね、有木くん」
「うん。ありがとう千ちゃん」
「有木さんが良いなら良いんだけどさー。まっ、これからメールとか電話とかガンガンしちゃってアピールしたら、案外コロッと恋人になってくれるんじゃない?」
ノブくんの一言で、はた、と重大なことに気が付いてしまった。
「そういえば僕、苑くんのメールアドレスも電話番号も知らないんだよなぁ……」
「「「「え?」」」」
四人分の疑問符が僕にぶつけられた。藤井さんだけがなんでもない顔でご飯を食べている。ノブくんも千ちゃんも那緒さんも乙木さんでさえも、驚いた様子で僕を見ていた。
「あんなに苑くん好き好きーとか言ってて、それすら知らないの?」
「家に招くような仲じゃなかった……?」
「…………」
「有木のスト―キング能力ならそれくらいの情報は既に入手済みかと思ってたよ」
極めつけの「さっき聞けばよかったのに」という藤井さんの一言に、自分のうっかり加減を呪った。僕の馬鹿。
「まぁ、焦らずゆっくりで良いんだよ」
そう言って頭をぽんぽんとしてくれる藤井さんも、苦笑していた。
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