32.追跡と再会
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本当に鍵をかけなくても良いのか訝しみながらも、結局電気を消して隣人宅のドアを閉めた。
ありきの部屋には本当に驚いたけど、正直ちょっと引いたけど、ちゃんと話を聞きたかった。ありきの口から、あの部屋の写真たちや今までの言葉の意味を、言い訳でもなんでもいいから説明してほしい。
会わなくちゃ。
そう思って、部屋に戻ってから再び電話をかけた。
『はぁい、BAR.Fu-jiでーす』
「あの、ありきいますか」
『……丸井苑くん?』
「そうです」
『またかけてきたんだ!結構しつこいんだね。少々お待ちくださーい』
しつこいと言われても無理はないのだが、店にかけてきた人に対してつるっとそう言うのはどうなんだろう……と思いながら、やっぱり保留音は流れてこないまま。しかも出て欲しくない人の声がスピーカーから聞こえてきた。最悪だ。
『お電話変わりました、藤井です』
「……あの、丸井ですけど、ありきは、」
『ご予約ですか?』
「……藤井さん、ありき出してくださいよ」
『明日でしたら空いてますが』
「藤井さん!話聞いてるんですか!」
『それではお待ちしております』
切られた。ふざけんなっ!
まだ店に戻っていないと思っていたのに、藤井さんはもう店にいた。どうやら、何としてもありきとは会わせてくれないらしい。電話じゃ埒があかないなら、直接店に押し掛けようか。しかし今日はもう無理だ。
明日でしたら空いてますが。
電話での藤井さんの一言が、一瞬頭の中を通り過ぎた。
◇◇◇
「いらっしゃいま、せ……」
「すみません、ありきいますか」
本当に来てしまった。一度だけ行った居酒屋御伽の場所を思い出しつつ、地図アプリで確認しながら、入り口に掲げられた店の名前を見た瞬間に扉を開けてしまった。
声を掛けてきた店員は、俺よりも背が低く歳も近そうな外見。俺の姿を見てちょっとだけ固まったけど、すぐに何か思いついたように表情を輝かせた。
「あっ丸井苑?わー初めて会った!なんだ歳近いんじゃーん」
「……あの、ありきは、」
「有木さーん、丸井くんだよー」
たぶん、最初に電話を取って話をしていたのはこの人なんだろうと声を聞いて思った。ありきを呼びながら中へ行ってしまった彼の後を追って入っても良いのか迷って、結局そのまま入り口に留まっていると、ありきより先に藤井さんが来た。
この人を倒さないとありきに会えないなら、割と不利だ。この大人相手に勝てる気がしない。不敵な微笑を浮かべた藤井さんは、ラスボス感すら漂う。
「当店は未成年のお客様の入店をお断りしております」
「ありき出してくれたらすぐに外に出ますけど」
「なお、御指名も受け付けておりません」
「じゃあどうしたらありきに会えるんですか!会いたくないってんなら、本人の口からそう聞かないと納得できません!」
思わず声を張り上げると、店内から客の視線が向けられてくる。チッ、と舌打ちが聞こえた。これは、客ではなく目の前のラスボスから発せられたものだった。笑顔で舌打ち。
「那緒、つまみ出せ」
「はぁ」
名前を呼ばれて出てきたのは、随分と背の高い男の人だ。その人に何か耳打ちをして、入れ替わるように藤井さんは店内へと戻ってしまう。客に向かって「すみませんねー」と頭を下げながら。
「ちょっ、待って!」
「騒ぐな」
のっぽの人は俺の腕を掴むと、グイグイと外へ引っ張っていく。なんて腕力だよ。引きずられるみたいにして連れて行かれたのは、店の裏側だった。もしかして、ボコられるとか、ないよな。サッと血の気が引いていく。
「お前が『お隣の丸井苑くん』?」
「……っ、はい」
めちゃくちゃ恐い。見下ろされてるだけなんだけど。喧嘩とかしたことないし、どうしよう。
「有木って、ものすごーく面倒な奴だから、君も大変だね」
「え?あ、はぁ」
「じゃあ、頑張れ」
なんだ、どういう意味?分からないけど、どうやら暴力沙汰は回避できたらしい。そのまま裏口から中へ戻ったのっぽの人の後に、出てきたのは。
「苑くん……っ!」
一ヶ月以上ぶりに会うことのできた、隣人だった。
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