ストーカーですが、なにか? | ナノ




29.関係に亀裂

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 玲汰がありきから漫画を借りて一週間。ありきは変わらずにサイトでも絡んでくれるし、お隣さんとしても接してくれる。玲汰に漫画貸したくらいで、何が変わるもんでもない。だからここ数日の俺のもやっとした気分も、一過性のものであってそのうち収まるんだろう。そもそも、なんでこんなに気分が晴れないのかもよく分からないけど。

「えんー。ちょっと頼まれてー!」

 放課後、玲汰が持ってきたのは漫画本の入った紙袋。嫌な予感がした。

「これ、ありきに返しといてくんない?」
「自分で返しにいけよ」

 嫌な予感は的中。ずいっと差し出された紙袋を押し返して、もちろん断る。なんで俺が返さなくちゃなんないの。

「お前が借りたんだから、お前が返すのが筋だろ。ありきに失礼じゃん」
「今日返しに行くつもりだったんだけど、バイト先で欠勤出たから補充で行かなくちゃなんないのさ。もうありきには連絡してあるから頼む!」

 再び差し出された紙袋を、受け取らないわけにはいかなかった。確かに俺以外には頼みようがないことだ。別の日にすればいい、とも思ったけどありきの都合もあるんだろう。溜め息をひとつ吐いて、渋々承諾した。

 自転車を漕ぐ足もなんだか重い。隣人に会うことが、なぜこんなにも沈んだ気持ちにさせるんだろう。今まで普通だったのに……楽しかったのに。自転車のカゴに収まった紙袋を見て、また溜め息が出た。たかが親友と隣人が仲良くなったくらいで、なんでこんな気分になるんだか。
 家に着けば、やっぱりお決まりの出迎えがあった。ベランダで煙草をふかす隣人の、笑顔とひらひら動く手。手を振り返すことも、会釈をすることもできなくて、目をそらした。感じ悪いって分かってるけど、できないもんはできない。自転車を駐輪場に置いて、カゴからカバンと漫画本の入った紙袋を取り出す。重い、なんていつもなら思わないのに。のろのろと階段を上ってまた溜息を吐きだした。何回目だろう。隣人の部屋のドアの前で一呼吸おいて、呼び鈴を鳴らす。すぐに隣人が開けてくれて、なんか待ち伏せされてたみたいだ。

「いらっしゃい、苑くん」
「……これ」
「レータくんからだよね。わざわざありがとう」

 にこにこと紙袋を受け取った隣人は、中身を確認して俺を見た。下がった目尻と緩く上がった口角は、ここ最近で見慣れた力の抜ける顔で、もしかして玲汰が漫画本借りた時もこんな顔して出迎えたのか、なんて考えたら腹の底から黒い何かがせり上がってきた。思わず奥歯を噛み締めて、その何かに耐える。

「苑くんも借りたいって言ってたよね。このまま貸そうか」
「いや、いい」
「……あの、何かあった?なんだか顔色が良くないっていうか……」

 ああ、やっぱり顔に出てるんだ。ちゃんと隠しきれないあたり、まだまだガキだな俺。

「別に。なんでもない」
「そう?でも、なんでもないって様子じゃ、」
「なんでもないって言ってんだろ!」

 突然怒鳴った俺に、隣人は心底驚いたようだ。当たり前だ。ただ心配しただけなのに切れられたら、誰だって驚く。
 でも、だって、しょうがないじゃん。自分が原因だって全然分かってなくて、そんで何かあった?なんて聞いてきてさ。

「あ……ご、ごめんね、しつこかったよね、ごめん」

 そうやって俺の顔色窺って、自分が悪くないのに謝って、それでいいのかよ。なんか言うことないのかよ。大人なんだから、こんなガキの言うことに振り回されてんなよ。

 もう、なんか、むかつく。全部むかつく。

 そのまま、無言で自分ちのドアまで踵を返した。鍵を開けてる最中に隣人に呼ばれた気がしたけど、応える気はない。少し大きな音をたててドアを閉めた。居間の方から母さんが「静かに閉めなさい」と怒っている声が聞こえてきたけど、生返事して自室に直行した。
 なんでこんなにむかついてるんだろう。何に対しての苛立ちなんだろう。隣人が親友と仲良さげにしてるから?隣人に親友を取られる?親友に隣人を取られる?

 取るとか取られるとか、そういうもんでもないだろうに、どうして俺ってこんなこと考えてしまうんだろう。苛立ちの一番の原因は、俺自身の馬鹿げた思考回路だ。親友は親友として、隣人は隣人として傍に置いておきながら、親友と隣人が繋がるのを嫌がるちゃちな独占欲のせいだ。

 親友とは、お互いが一番の友達だと思ってる。今までずっとそうだったんだから。
 隣人は……ありきは?顔と名前しか知らないただのお隣さんだった。でもそのままでいいとは思っていない。もうただのお隣さんじゃなくて、半分くらい友達みたいな感覚になってたから。でももう一番の友達、いるから。一番の隣人って変だし。

 俺、ありきを、どうしたいんだろう。




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