ストーカーですが、なにか? | ナノ




26.隣人と親友

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 ありきとドーナツを食べた日から数日後、俺は親友の一言に目をひん剥いた。

「俺、今日ありきのとこに漫画借りに行くわ」
「……は?」

 家が逆方面なのに一緒に帰ると言い出したから、てっきりどこか寄り道して遊ぼうと誘われるのかと思っていたのに。

「今日バイトないし、さっきありきにメッセ送ったら良いよって言ってたし」

 いや、そういう問題じゃなくて。と喉元まで出かかったけど、じゃあどういう問題なのかと聞かれても分からない。

「あれ、本気で借りるつもりで言ってたんだ」
「いやぁ半分冗談だったけど、ありきが良いよって言うからじゃあ借りちゃおうかなーって」

 ちゃっかりしてんなぁ……と思いながら、駐輪場から自転車を取ってきて、玲汰と並んで歩き出す。車輪がキイキイと音を立てて回るのが耳に付く。

「苑はリアルでもありきと仲良いの?」
「んー、良いと思う」
「なにそれ曖昧」

 玲汰は笑い飛ばしたけど、仲が良い、ってどの程度で良いって言えるんだ。基準がわからない。俺がそう思ってても、ありきが同じく思ってるかは別問題だし。

「アパートですれ違えば挨拶するし、帰るとだいたいベランダで煙草吸ってるから手を振ってくれるし、部屋にあげてもらったことあるし、ドーナツ食べに行ったし、……うーん、そんな感じ」
「完全に仲良いじゃん!」

 まぁ仲が悪いわけじゃないし、むしろ良い方と言えるかな。ただ、ありきが親切なだけで、俺が振り回してるような気がしないでもない。挨拶するくらい普通だし、たまたまベランダで喫煙するのと俺の帰宅のタイミングが一緒なだけだし、初めて部屋に行ったのは俺が家の鍵忘れて締め出されただけだし、二回目は勝手に入ったし、三回目は俺の呟きを見たありきの親切心だし、ドーナツは俺が要求を押し通したんだ。

「なんか……ありきがお人好しなだけって気がする」
「ああ、まぁ確かにお人好しかなぁ。いきなり俺に漫画貸してくれるし」

 二人して苦笑を漏らした。そうだよな、いくらネット上で繋がりがあったとはいえ、初対面の玲汰に自分のもの貸すんだもんな。俺以外の人と接触してるのを見たことがほとんどないだけで、俺にだけ優しいと思い込んでた。そんなわけないじゃん。だって玲汰にもありきは親切だ。きっと俺だけにじゃなく、誰にでも優しいんだ、ありきは。
 自惚れを自覚した途端、恥ずかしいのと苛立ちが襲ってくる。俺は特別、なんてどうして自惚れていられたんだろ。そうじゃないとわかった途端イラっとするなんて、思い上がりも甚だしいというか。ありきの優しさが自分だけに対するものじゃない、ということはごく当たり前のことだ。誰にでも優しくできることはすごく良いことなのに、その美点に対してムカついてる俺は本当どうかしてる。
 車輪がキイキイ軋む煩い音が、苛立ちを増長させる。

「あ、本当にいた。」

 アパートの前にたどり着くと、やっぱりベランダでありきが煙草を吸っていた。俺たちを見たありきはにっこり笑って、煙草を持っていない方の手をゆるゆると振る。いつもどおりだ。
 自転車を置いて、二人分の足音を響かせながら階段を上った。俺は自分の家の前、玲汰は隣人の家の前で足を止めた。二人が漫画の貸し借りをするところを見届けようかとも思うけれど、その場に自分が立ち会う理由もないし、なんとなく嫌だ。見ていたらきっと疎外感でイライラするんだろう。

「じゃ、俺はここでバイバイ」
「え、苑はありきに会わないの?」
「用事あるのはお前であって、別に俺は何の用もないから」
「あっそう」

 じゃーバイバイ、と言う玲汰が呼び鈴を押すのと、俺が鍵をカバンから取り出したのが同時で、ありきが「はーい、いらっしゃい」と出てきたのを聞きながらドアを閉めた。ドア越しでも二人の会話は何となく聞こえてきて、聞く気なんてなかったけれどなんとなく玄関から動けずにぼんやりと突っ立っている。
 漫画借りるだけなんだから用が済んだらすぐ帰れば良いじゃん、とか、俺と普通に会話するまでにめちゃめちゃ時間かかったくせに玲汰とは二回会っただけですんなり打ち解けてるじゃん、とか、そんな感情が湧いてきて心臓のあたりをぐるぐると回っている。やばい、俺、なんでこんなに心狭いんだろう。親友と隣人が話してるだけで、どうしてこんなにモヤモヤしてるんだろう。
 やがて話し声が聞こえなくなり、代わりに階段を踏みならす音が聞こえてきて、ようやく玲汰が帰って行ったんだと分かった。たぶんほんの数分のことだったんだろうけど、やたらに長く感じた。

 そうしてやっと自室に向かい、二人は何を話したんだろうかと気になったけれど癪に障るから自分からは絶対に聞かない、と決心した。そもそも、二人が何を話したかが気になっていること自体が、余計な詮索の好きな奴みたいで気に入らなかった。


17:23 まる
なんか、頭痛いかも。いろんな意味で。


 茶化したように呟いたのは、頭おかしくなってる自分がちょっと恐いから。
 俺、どうかしてる。






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