24.喧噪と焦燥
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「あっれー、苑じゃん!」
ようやく落ち着いてドーナツが食べられると思った矢先、聞こえてきた声。聞き慣れた親友の声だった。
「えっ玲汰どした!偶然?」
「偶然、偶然」
俺の隣の席にちゃっかり座った玲汰は、会釈してありきを見た。ありきも会釈し返すと俺と玲汰を交互に見て、何か思いついたようにポン、と手を叩いた。
「もしかして『レータ』くんですか?」
「そーそー!玲汰、こっちは『ありき』で、なんと俺んちのお隣さん!」
「はっ!?サイトの?なに、ありきサンと苑って同じアパートなの?すご!」
予想通り、玲汰は驚いたようだった。サイトでしか知らない人がこうも身近に存在しているというのは、なんか不思議な感覚だよな。俺も最初はびっくりしたし。
「へぇ、こんなこともあるんだ。ねぇ俺もありきサンのこと呼びタメでいい?」
「ええ、どうぞ」
「サイトじゃとっくに呼びタメだかんねー」
もともとサイトでよくやりとりするだけあって、打ち解けるのも早いらしい。そのドーナツ美味しかった?とか雑談に花を咲かせて、すっかり三人で和やかムードだ。
なんだよ、初対面でもちゃんと笑って話せるんじゃん、ありき。
「あ、午前中サイトで言ってたアレ、原作の漫画!借りたい!」
「は?いくらなんでもそれは……」
話題がアニメの話になったところで、玲汰が無茶言い出した。初対面でいきなりそりゃないだろ。調子乗ったかにゃろーめ。
「僕は構わないよ」
ところがありきは気にしないらしく、あっさり受け入れた。おい嘘だろ。
「やった!」
「ちょっ、会ったばっかでそんな、」
「サイトでしょっちゅう話してるから、今さっき会ったばっかりって気がしないわ」
「だからって……。俺だって借りようと思ってたのに」
「言ったもん勝ち、早いもん勝ちだねー」
腑に落ちん。それでいいのか、とありきを見たら「ちゃんと苑くんにも貸すから大丈夫!」と見当違いな返事をされた。
「今度暇なときに借りに行くねー」
「事前に連絡くれると助かるんだけど……」
「じゃサイトでメッセ飛ばすわ」
俺を置いてけぼりにして、話は進む。いや、別にさ、二人の約束の話だからいいんだけど。俺関係ないし。
「もう面倒だから番号交換する?」
「はぁ?」
「ジョーダン。怒るなよ苑。どうせお前知ってるだろ?なんかあれば苑に連絡係してもらおー」
電話番号なんか、知らないし。
「ね、ね。ありきって歳いくつなの?」
「僕は23歳」
「へー!思ったより上だった」
それ、知らなかったし。
「大卒?」
「残念、僕は大学に行けるほど頭良くないんだ」
そんなんも、知らなかったし。
「マジかー。俺もヤバイんだけど。親が行けっていう大学がレベルたけーの」
「でもレータくん、頭良いでしょ?」
「苑には負けっぱなしだけどな!のくせ、苑は就職組だしさ!」
余計なこと言ってんなよ。
「ありきは働いてんだよね?なんの仕事、」
「玲汰!!」
それ、一番触れちゃいけないやつだし。
「なんだよー。いきなり大声出すなって、ビビるじゃん」
「……わり。でも、あんま根掘り葉掘り聞くの、良くねぇって」
玲汰は首をすくめて「ごめん」と小さく詫びた。ありきは困った顔で笑ってる。
俺は、今どんな顔してんだろ。笑えないし、怒ってるわけじゃないし、悲しくないけど、ちょっと楽しくない。
「さて、そろそろ席をあけようか。まだお客さんがたくさんいるから」
微妙に気まずくなった空気を払拭するように、ありきが立ち上がった。確かに、入店したときよりは減ったけどまだ客足は多い。
「んじゃ、俺も戻るわ。姉貴たちに付き合わされて来たんだよね」
「ああ、じゃあまた明日、学校で」
「おう」
そうして玲汰は席を移した。姉や母親に「すぐどっか行くんだから」と小言を浴びせられているのが見えた。
「行こうか」
「ん、ああ」
トレイを持ったありきに促され、慌てて立ち上がる。返却場所へ行く前に店員が「そのままで結構です」と笑顔で二人分のトレイを持ち去って行った。
店を出るときも、やっぱりありきは上手く人を避けきれずにモタモタしていて、思わず手を引っ張って行きたくなったけど、やめた。
「他にもどこか行きたいところある?」
店外にようやく出てきたありきが、先に出ていた俺を見て笑顔になる。俺だけに笑いかけてる、という事実だけでさっきまでのモヤモヤとした気分がちょっと晴れた。
「うーん。いや、ないかな」
「じゃあ帰ろっか」
なんだ、そのまま仕事に行くのかと思ってた。帰ってからまた駅まで歩くなんて、面倒だろうに。
来た時と同じ道を同じように並んで歩きながら、どうして親友が隣人と仲良く喋る事にムッとしたんだろうと考えてみた。
藤井さんたちと話しているのを見ても、なんとも思わないのは、俺よりもありきと親しい人たちだからなんだろう。俺とこんなに話すようになったのは最近だ。それなのに玲汰とは、初対面だけど普通に笑って会話してて、なんかショックだったんだ。俺の方がありきのこと知ってて仲良いはずなのに、って思ってしまったんだ。俺って心狭い。
「あの、苑くん」
つい考え込んでいたら、ありきが遠慮がちに顔を覗き込んできた。しまった、もしかして気にさせてしまったのかも。
「あっごめん、ちょっと考え事してた!」
「考え事?」
「大したことじゃないんだ、ごめんな」
「そう……。うん。あのね、さっきの、ありがとう」
唐突な感謝の言葉に、俺の脳内がクエスチョンマークで埋め尽くされた。さっきの、ってなに?
「職業聞かれたとき、庇ってくれたんだよね?」
「あー、あれか。うん、まぁ、嫌だろうなって思ったから」
事情を知らない玲汰にはちょっと悪い事したかもしれないけど、ありきがあの場で答えられるわけがないので、仕方ない。
「そっかぁ。ありがとう。ふふふ」
盛大にニヤけているありきの緩い顔。さっきまでいた店では見れなかった表情だ。他のサイト仲間たちは知らないありきの顔だ。そうだ、俺しか知らないんだよ。だから別に玲汰がありきとちょっと仲良くなったくらいでショック受けなくたっていいじゃん。あんま気にしないでおこう。
「今日は楽しかったなぁ」
ありきがそう呟いた。アスファルトに落ちた影までも、心なしか楽しげに見えた。
隣人がこんなに喜んでくれたなら、やっぱり誘って良かったな。
16:38 まる
ドーナツ会楽しかった!ご褒美ありがとうありき!!
俺とありきしか分からない「ご褒美」という言葉をあえて入れたのは、そうすることで他の人たちに、俺がありきとちょっと特別に仲が良いことをアピールするため。なんか、俺って本当ひねくれてる。
こんなこと考えてるって知っても、ありきは変わらずに仲良くしてくれるんかな。
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