ストーカーですが、なにか? | ナノ




23.日曜の喧噪

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 ぽつぽつとテストの答案が返されて、一喜一憂していたら日曜日がきていた。

 駅前までは歩きだなーとか、売り切れになってなきゃいいなーとか、考えてたらなんだか落ち着かなくて、とりあえず録り溜めていたアニメを消化しようとテレビに向かう。
 アニメを流し、時々サイトに呟きを投下して、ついでに他の人の呟きもチェックして。そういえば、朝早い時間にありきが帰宅して呟いていた。起きていない時間だったからなんも反応してなかったな。ちゃんと寝てるかな。


11:32 まる
テスト期間中封印していたアニメ解禁…!ようやく見れるわ幸せだわ。


11:40 レータ→まる
それな。先週の回、めっちゃ展開が熱い。原作に手出すかな!


11:45 まる→レータ
あれは原作も最高!!ゲームは持ってるけど、漫画買えてない。金欠。


11:48 ありき→まる、レータ
横やり失礼。原作漫画、最新巻まで揃ってるよ。やっぱりアニメとは展開とかちょいちょい変わるから読んで損はないと思うなー。


 サイトで友達とやりとりしていたら、ありきが浮上してきた。起きたんだ。見えるわけじゃないけど、なんとなく隣人の部屋がある方を見てしまう。えっ、ていうか持ってるんだ。借りようかな……。そんなことを考えながら、パソコンの画面に向かって文字を打ち込んでいく。


11:52 レータ→ありき、まる
まじか!!うらやま!!俺もバイト代つぎ込むかな……!


11:53 まる→レータ、ありき
バイトすらしていない俺な。


 三人でポンポンとコメントを送りあいながら(途中でアニメを追っかけるのを忘れて巻き戻すはめになったけど)、そういや“ありき”=“お隣の有木さん”と知る前もこんな感じだったなと思い返す。まさか休日に一緒にドーナツ食べに行くことになるとは思ってもみなかったが、オフ会するみたいで楽しいかも。

「あっ、何着ていこう」

 まだ部屋着のままだったことに気がついて、慌てて部屋に駆け込む。私服なんて大した数も持っていないけど、ありきんちで勉強させてもらった時もジャージだったけど、今回は外出だしそれなりの格好しないと恥ずかしい。別に張り切る必要もないんだろうけど。ありきはどんなんだろう。
 服を引っ張り出し、あーでもないこーでもないと悩んだ結果、上はTシャツにパーカー、下はデニムという超がつくほど無難な格好になった。こんなんだからモテないんだ。まぁいいや。

 昼飯はすくなめにして、胃の準備は良し。スマフォの充電も満タン。財布も鍵も持った。
 時刻は13時55分。

「さて、行きますか」

 お隣さんまでほんの数秒。玄関を出ればすぐそこ。
 ドアを開けて出た瞬間、お隣のドアも開いたのが見えた。

「「あっ」」

 ありきと俺、声が出たのも同時。思わず吹き出したのも同時だった。

「やっべー!今超かぶってた!!」
「本当、すごい。同じタイミング」

 ひとしきり笑い合って、「じゃあ」とありきが言った。

「行きましょうか」
「ん。行こ!」

 ありきは白いシャツに細身のチノパンという、至って普段通りの飾りっ気のない格好だった。ちょっとホッとしたのは内緒だ。足元は二人ともスニーカー。

 天気は快晴。お出かけ日和だ。
 歩くとちょっと暑いくらいで、パーカーを腕まくりした。ありきは涼しい顔して全然平気そう。

「ありき、ちゃんと寝た?」
「はい。おかげさまで」

 ならその目の下の隈はなんだ。と思ったけど、突っ込まないでおいとこう。疲れてるのかもしれない。

「せっかくゆっくり休めるのに、連れ出してごめんなー」
「いっいえ!むしろ苑くんのせっかくの日曜日に僕なんかと出掛けていいんですか?」
「俺が頼んだんだからいーのー」

 駅前まで15分弱。他愛も無い会話を紡いで、のんびり歩く。並んでみて気がついたのは、ありきの方が少しだけ背が高いこと。肩が薄いこと。歩幅が狭いこと。
 ネットを通じた液晶画面越しのままだったら、知らなかったこと。

「……案の定っていうか、混んでるな」
「ですね」

 日曜日の午後。店内はカップルや友達連れで賑わっていた。比較的女性客が多い中でも、ありきは気に留めない様子でショーケースの中のドーナツを吟味している。

「苑くんはどれにします?」
「俺、チョコのやつがいい」
「あれ美味しそうですよ、チョコとカスタードの」
「うわー、迷うわ。こっちのも美味そう」

野郎同士が並んでドーナツ選びなんてむさ苦しいことしてるけど、なんか友達と遊んでるみたいな感じ。年上にこんなこと言ったら失礼かもしれないけど。そういえば幾つなんだろう。知らない。

「苑くんは席を探しててください。僕、お会計済ませちゃいますから」

 迷った結果、3つ選んだドーナツが並んだ俺のトレイと、ドーナツ2つにコーヒーを付けたありきのトレイ。俺が財布を出すより先に、ありきは二人分の金額をさっと取り出していた。

「えっ、自分の分は払うし!」
「これは苑くんへのご褒美なので、いいんですよ」

 そうにっこり笑って言われると、断るのも好意を台無しにしているようで悪い気がして、素直に言われたことに従った。ありきへのお礼も兼ねていると言うのに、なんだか申し訳ない。
 さて空席、空席……。

「あっ、あそこ空いてるよありき。行こう」

 ちょうど席を立ったグループが見えて、ありきのシャツを引っ張った。ふたつトレイを持ったありきは別の方を向いていたらしく、驚いて振り返った。

「は、はい、ごめんなさいボーッとしてて」

 なんだかびっくりさせてしまって、こっちの方が悪いような。そんなに驚くなんて思わなかった。
 俺の分のトレイを貰い受け、ちょうど空いた四人掛けの席に着席。ありきは混んでる所を歩くのが下手くそらしく、モタモタと人を避けながら進んでいた。遅れてありきも席に着くと、「いただきます」と手を合わせる。が、阻止。

「待って。ありき、ピースして」
「へっ」
「で、ここ」
「へっ」

 すんごい間の抜けた返事をしながらも、俺が言う通りに右手でピースを作り、ドーナツの皿の上に二人してかざした。

「動かんでなー」

 それを写メ。画面に収まったドーナツとピースサインふたつ。よし、こんなもんかなー。


14:51 まる
ありきとドーナツ!!!


 写真と共にツイートした。せっかくなので、共通のフォロワーにちょっと自慢したかっただけ。ありきにも見えるようにして投稿したら、「まるでオフ会!」と興奮していた。すかさずスマホを取り出してその呟きの画像を保存すると、ありきは上機嫌で画面をしばらくみつめていた。
 さて、ようやく本来の目的、ドーナツにありつけるわけで。

「あー、うま!」

 ひとくち噛り付き、しっとりした生地とチョコレートを堪能する。前評判通りの、期待を裏切らない味に満足だ。
 ありきはドーナツを半分にして口に運んでいる。

「これ半分あげます」

 残った半分を俺の皿にひょいっと移して、ありきはコーヒーを飲んだ。オレンジピールとビターチョコで飾られたドーナツ。

「え!いいよ、ありきのじゃん」
「だって、食べたそうだったので。迷ってましたよね?」

 正解。よく見てるな……。取捨選択により選ばれなかったそのドーナツを、ありきは分かってて選んだのか。なんでこうも行動が筒抜けなんだろ。俺って分かりやすいのかな。

「んー、じゃあ俺のも半分あげる」

 まだ手を付けていなかったドーナツを半分にして、同じようにありきの皿に置いた。貰ってばっかりだと不公平だから。あと食べ過ぎ。

「えっえっいいんですか貰っても……!」
「いいよ。ていうか、ありきがくれたんじゃん。あとさ、その敬語やめない?」

 そうだ、ずっと違和感があったんだ。サイトではタメ口なのに会えば敬語で、しかも俺は敬語なしで。
 それに、俺が居酒屋御伽でありきを責めてしまってからこっち、どうも微妙な距離を置かれているような気がする。部屋にあげてくれても、離れてたし。

「ん、と。そのぅ……」
「せっかくこうやって仲良くなれたんだからさ、なんか、こう、もっとさ、上手く言えないけど、馴れ馴れしくていいんだぜ?俺のが年下だしさ」

 もしかして、根に持たれてんのかな。謝って許して貰えたような気がしてたけど、ありきは違うんかな。そう考えたら不安になってきて、打ち消すようにドーナツを頬張った。

「本当に、僕なんかと仲良くしてくれて嬉しいんです。嫌われると思ってましたし。でも苑くんは変わらずに接してくれるので、思い上がってしまいそうで」

 コーヒーカップを指先で撫でながら、ありきは訳の分からないことを言った。思い上がる?仲良くなったと思っちゃうってこと?

「それの何が悪いの?っていうか、それって思い上がりとかじゃなくない?いいじゃん、俺はありきと仲良くしたいよ。ありきも同じなら嬉しいよ」

 変な遠慮なんかいらないのに、この隣人はやっぱり掴みきれない。俺が一方的に距離を縮めようとしてるから、駄目なのか。
 目を伏せているありきが、なにを考えているのか分からない。

「僕みたいなのと仲良くして良いんですか?」

 ……だ、か、ら!!

「さっきからそう言ってるじゃん!別にありきが嫌なら結構ですけれども!そうかそうか、俺みたいなやかましいガキンチョ相手にしてらんないってか!!オーケー了解そういうことで!」
「ちちちちち違います違います違います!好きです大好きです本当に好きなんです!!」

 あまりにも煮え切らない態度に、俺の短気はちょいと爆発しかけた。
 ありきが慌てて前のめりになったせいでテーブルがガタッと音を立てたが、それよりもありきの剣幕がすごい。

「ごめんなさい好きです嫌いになりましたか怒りましたか本当にごめんなさいでも好きです苑くん好き」
「分かった、分かったから落ち着いて」

 ありきは起立して顔を両手で挟んで、ムンクの叫びの状態で呪文の詠唱かっていうくらいの速さでまくし立てた。もう店内の視線が痛いほど突き刺さってくる。悪目立ちしすぎ。

「とりあえず座って。あと涙目になってるけど泣かないで」
「ご、ごめんなさい」

 なんとか冷静さを取り戻したありきは、シュンとして着席した。まったく、オーバーリアクションにもほどがあるだろう。

「お、怒ってます?」
「いや。怒ってな……うん怒ってる」
「!!!!!」
「だから敬語やめて。そしたら許す」
「はいやめま……やめる」

 一瞬、声も出ないくらいの絶望に凍りついた表情が見えた。ふふん、上手くいったな。ちょっとズルいけど、これで敬語なしだ。
 ていうか、なんでタメ口になるためにこんな労力使うの。おかしいだろ。

「じゃあこれからお互いタメ口な」
「はぁい」

 これで一件落着。ようやくドーナツ再開。
 ありきのくれたドーナツは、ビターチョコにオレンジの酸味がアクセントになった大人っぽい味だった。



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