22.豪華な御礼
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変な顔してしまったんだろうか。苑くんが少し心配そうに僕を見つめるので、笑ってごまかしてしまった。
ドアを閉めて、そのままずるずるとへたり込む。
苑くんと、おでかけ。
その事実をうまく飲み込めないで、心臓が早鐘を打つ。
どうしよう。どうしよう。信じられない。苑くんと僕が並んで歩くの?一緒にお店に入っていくの?二人で同じテーブルについてドーナツ食べるの?
夢みたいだ。
そんなこと許されてもいいんだろうか。そういうのはクラスのお友達とかと一緒の方がいいんじゃないか。僕なんかでいいんだろうか。
「ひえぇ……。嘘?ドッキリ?」
ぐるぐると目が回る。落ち着かなくちゃ。
力が入らない体をなんとか動かして、リビングに戻る。何をしていたんだっけ。そうだ、仕事へ行かなくちゃ。
財布とスマホと家の鍵。それと煙草をポケットに突っ込んで家を出る。
出掛けに苑くんちのドアを見ても、アパートの階段を降りても、駅まで歩いても、電車に乗っても、何も変わっていない。どうやら世界は正常なようだ。天変地異とか起こったりしないかな、大丈夫かな。
念のため、ツイッターを開いてみる。これも普段通り。あ、苑くんが呟いている。反射でリプライを飛ばした。
ぼんやりとした頭で店に向かう。こんな状態でもちゃんと辿り着くんだから、慣れというのはすごい。裏口から入ってキッチンに顔を出すと、開店準備中の藤井さんがいた。
「あれ、早いな有木」
「……藤井さん」
「うん?」
いつもとやや様子の違う僕に、藤井さんは気がついたようだった。手を止めて僕に近寄ると「どうした?」と声を掛けてくれた。いつもの藤井さんだった。
「どうしよう」
「なにが」
「苑くんが」
「うん」
「苑くんが、苑くんと、苑くんの、」
「分かった。落ち着け」
藤井さんは僕の尻ポケットから煙草を引っ張りし、自分の口に一本咥えて火をつけた。それを僕の口に咥えさせると、今度は自分の煙草に火をつけて吸い始める。
「吸ってー」
「すー」
「吐いてー」
「はー」
二人で煙を吐き出して、もう一度繰り返す。
客席用の灰皿を手繰り寄せた藤井さんは、そこに灰を落としてから僕に渡す。僕もトントンと灰を落とした。
「それで、苑くんがどうした」
「ドーナツ。日曜日。食べに行こうって。一緒に。僕と」
「そうか、良かったな」
「どうしよう」
「ドーナツ奢ってあげなさい」
「はい」
藤井さんは僕が持つ灰皿で煙草の火を揉み消すと、また準備に戻っていった。僕は仕事用の黒いシャツに着替えて、サイトに「仕事りだー」と呟きを投稿し、鍵と財布をロッカーにしまった。
「で!どうしよう藤井さん!!」
「うん。楽しんできなさい」
キッチンに駆け込んで、藤井さんの肩を掴んでゆすった。藤井さんは揺れながらグラスを拭いている。藤井さんは器用なので、手元が狂って割ったりなどしないのだ。
「ぼ、僕は楽しいけど、苑くんが退屈したらどうしよう!」
「苑くんが誘ってくれたんなら、大丈夫だよ。いーじゃないかデートみたいで」
「ででででででーと」
そんな!僕の分際でそんなことがあって良いものか!そういうのはもっと大切な人と行くべきであって、僕は全く適任ではない。
「やっぱり断ろうかな……」
「そんなことしたら苑くん、がっかりするんじゃないか?」
「そんなぁ」
苑くんががっかりする顔は見たくない。苑くんが誘ってくれた以上、僕はそれに応えたい。苑くんが望むことならなんでもしたい。
「こんなこと初めて……」
「そうだな。たくさん貴重な経験しておいで」
「はい」
藤井さんが頭を撫でてくれた。昔から変わらない優しさに、僕は心の底から安心できる。
苑くんとの休日、楽しんでこよう。
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