21.考査の褒美
---------- ----------
兄貴が帰ってきて、ありきの部屋で勉強して、兄貴とありきが知り合いだったと分かってからの翌々日。いよいよ始まった考査。これは戦だ。
得意な文系科目と、苦手な理数科目の溝は深い。この差が埋まれば、もっとテスト順位争いは楽になるのに。自慢じゃないが、これでも成績はかなりいい方なのだ。故に順位を落とせないというプレッシャーもすごい。
16:37 まる
テスト終了。いろんな意味で終了。
16:40 ありき→まる
テストお疲れさま!ゆっくり休んで、元気回復して。
ツイートすれば、やっぱりありきから返事がきた。今日もまた、帰ったらベランダで煙草を吸っているありきが見れるんだろう。
16:43 まる→ありき
サンキュー!!!結果出るまでテスト終わった気がしねーわ……。
16:45 ありき→まる
良い結果が出ることを祈る……。
とりあえず羽を伸ばして、頑張った自分にご褒美あげてねー。
ご褒美か。あ、そうだ。ありきにも世話になったから、お礼しなくちゃ。
なにが良いんだろう。隣人の好きなもの、隣人が喜ぶこと。とりあえずありがとうって言わないと。帰り際もバタバタしちゃったし……。
そんな考え事をしながら自転車を漕いでいたら、もう家に着いてしまって、案の定ありきがベランダで煙草の煙を立ち上らせていた。すぐこちらに気付くと淡く笑って手を振るので、小さく手を挙げて応えた。ベランダに隣人の笑顔が咲いた。
ちょっと前までに比べたら、ありきはすごく笑うようになった。と思う。
目を細めた微笑から、目尻を下げた笑顔に。 たぶん、ありきとよく話すようになってからの変化だ。それだけ、俺に対してオープンに接しているということだろうか。それなら素直に嬉しい。
自転車を駐輪場所に置いて、階段を上りながら、とりあえずお礼だけは言いに行こうと思った。サイトで言うのもなんか変だし、お隣さんなんだし、直接言おう。
自分の家のドアを過ぎて一つ隣、呼び鈴を押すとピンポーンというお馴染みの音が聞こえる。
少しの間の後に、鍵の回る音。ガチャリ。
控えめに開いたドアの隙間から、ありきの顔が覗いた。その顔は俺を見るなり大きく目を見開いて「えっ、えっ」と戸惑いの声を上げた。
「ちわ」
「こ、こんにちは……?」
こんばんは、にはちょっと早くて、こんにちは、にはちょっと遅いこの時間。隣人はドアの向こうに隠れて半分だけ見えている。狼狽っぷりがかえっておかしくて、つい笑ってしまう。
「あはは、びっくりした?急にごめんな!」
「はい、いえ、あの、どうして……?」
「ん、こないだのお礼言いに」
ありきは「こないだ……」と思案している。ぱちくり、と目をしばたかせているあたり、心当たりがないといった様子だ。
「勉強させてもらったから。今日でテスト終わったんだ……って、さっきツイッターで呟いたか」
「あー!そんな、お礼を言われるほどのことなんてしてないですよ」
「いや助かったよ。帰りバタバタしちゃってちゃんと言えなかったけど、ありがとう」
「そんな、そんな……」
顔を紅潮させた隣人は俯いてさらにドアの陰に隠れてしまった。このままじゃドア閉められそうだ。照れてるんだろうか。
「それでさ、なにかお礼したいなって思ってるんだけど、なんも思いつかなくて。ありき、なんかリクエストある?」
「え!?い、いいですいいです!そんな大層なことしてないですし、申し訳ないです!」
「まぁまぁ、そんなこと言わずにさ。なんでもいいから」
そんなね、全力で拒否しなくてもいいじゃんかね。手も首も横に振ってさ。妙なとこ引いてくるけど、もしかして人付き合い苦手とか?だったら逆に迷惑なのかな、お礼とかって。
「まぁ、無理にとは言わないけど……。嫌ならしょうがないしさ」
「嫌じゃないですむしろ嬉しいんですけど!ただこういうことに慣れてなくてなくてですね!どっどうしたらいいのか分からなくてですね……!」
ものすごい早口だ。滅多にないな、これ。いちいち反応が大袈裟なんだよなぁありきって。最初は全然そんな印象なかったんだけど。面白いから、まぁいっか。
「あ、じゃあさ、こないだ話したドーナツ屋さん行こう!ありきへのお礼と、俺へのご褒美兼ねて。それならいいだろ?」
なんだか単なる俺得のような気もするけど、ありきも甘いもの好きだし悪くはないと思う。提案に対して、どうやら乗り気らしいありきは「それなら……」と小さく頷いた。
「よし、決まり!できれば土日がいいんだけど、ありきはどう?」
「ん……僕は大丈夫です。どちらでも」
「じゃあ日曜日で。午後からの方がいいよな?2時くらいとかに出るか」
「そうですね」
早朝に帰ってくるありきが午前中から動けるとは思わないので、とりあえず言ってみたら同意を得られたから、これで約束の取付は完了。なんか一方的に決めちゃったかな?ありきは本当に大丈夫なんかな。
ちょっと不安になってきて、じっとありきの顔色を伺っていたら、ありきは困ったような顔をして笑った。
「じゃあ日曜日、楽しみにしてますね」
隣人がドアを引いたのを合図に会話は終わり、その日はさようならだった。
[ 21/71 ][*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]