ストーカーですが、なにか? | ナノ




20.兄弟と他人

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「辛気臭いツラしてんな」

 那緒さんが開口一番、そう言った。

「う、ごめんなさい」
「いつものことだから、気にしてない」
「そうなんだ……」

 あのあと、とりあえず出勤したものの早く着いてしまい、御伽で軽食をいただいていた。おにぎりをもぐもぐしていたら、那緒さんも来て今に至る。
 那緒さんは同い年で、だけど僕より背が高くて体格も良くて、キリリとした目元が印象的な人。彼に抱かれたい人も、彼を抱きたい人も、両方多いからたぶん店で一番売り上げがあると思う。

 苑くんはどうなっただろう。怒られちゃったかな。僕が家に呼んだりしたから……。皇さんも誤解してたみたいだし、どうしよう。
 はあぁ、と溜め息を吐き出しておにぎりを口に押し込んだ。

「いらっしゃーい。あ、本当に来た。」

 乙木さんの一言で入口へと視線を向けると、僕は押し込んだおにぎりを喉に詰まらせそうになってしまった。
 そこに仁王立ちしている人は、真っ直ぐに僕を睨みつけていた。

「こ、こ、こ、」
「ニワトリ?」

 那緒さん、違います。おにぎりがうまく飲み込めなくて、あと目の前の人がとっても眼光鋭く僕を睨むので恐いだけです。
 そうこうしているうちに、ずんずんこっちに向かってくるその人は、苑くんの実兄、皇さんだ。

「しばらく来てくれなかったから寂しかったなぁ。ビールで良い?」
「ああ、悪かったな乙木さん。元気そうで安心した」

 打って変わってにこやかに乙木さんと会話する皇さんは、僕の隣に座りビールを受け取る。
 このまま逃げたい。

「じゃ、僕はそろそろお店に……」
「行かせねぇよ?」

 恐る恐る立ち上がれば、皇さんがびっくりするくらい強い力で引っ張り戻してきた。もう、死しか見えない。たぶんこの人に殴られたら即死すると思う。

「あ、あの、まさか皇さんが苑くんのお兄さんとは思ってなくてですね、だからと言って苑くんに変なことはしてませんし、悪いのは僕なので苑くんを叱らないであげてください。あと腕痛いです折れちゃいます」
「うん。あと言い残したことは?」
「まだ死にたくないです!!」

 きっと目が合ったら殺される気がする。ひたすらカウンターテーブルを見つめ続け、嫌な汗が背中を伝うのを感じながら、じっと視線の圧力に耐える。乙木さんが「まぁまぁ」と皇さんを宥めると、ようやく腕が解放された。革ベルトで締め上げられたみたい。そう思うとちょっとゾクゾクするけど、それより命の危険が……。

「もー皇くんは弟が絡むとすぐ熱くなっちゃうんだから」

 クスクスと笑いを漏らす乙木さんに、皇さんはムッと不貞腐れたような顔をした。
 そのムッとした顔が、どことなく苑くんと似ていて、やっぱり兄弟なんだと改めて思う。苗字が同じ「丸井」という時点で、気付くべきだったのかもしれない。
 遡れば、僕が初めて皇さんに出会ったのはもう何年も前になる。藤井さんや乙木さんもその頃から交流があるから、僕たちは意外と長い間知り合いをしている。その中で、まさか、こういう繋がりができるとは思わなかった。世間は広いようで狭い。

「お前、苑をどうしたいの」
「へ?」

 ビールが下りていった喉から低く発せられた声。僕は疑問符を頭からたくさんこぼしながら、その言葉を反芻する。

 苑くんを、どうしたいか。

「僕は苑くんをどうこうするつもりはありません」

 正直なところ、どうしたいのか自分でもよく分からない。どうしたら良いんだろう。今のままではいけないんだろうか。

「……苑くんは、そこにいてくれさえすれば良いんです。普通に高校生をして、普通に生活をしてくれさえすれば、それで良いんです。僕はそんな苑くんを見ていたいだけです。他に何が必要なんですか?別に僕たちは友達とかそういう類のものでもありませんし……」

 そう、僕たちの関係というのはどうもはっきりとしない。ただのお隣さんと片付けるには近しいし、友達と呼ぶには遠い。知り合い程度がちょうど良いかもしれない。お互いに知っている、会話も時折ある。

 ただ、それ以上に踏み込んだ仲になろうだなんて、そんな傲慢で我儘で贅沢なことは望めない。高望みにも程がある。身の程知らずだ。

 だから僕はこのままでいいと思っているのに。今だって充分すぎるくらいなのに。

 なのに、なんでそんな風に疑いの眼差しを僕に向けるのですか。

「……有木。ストーカー行為は、ストーカー規制法違反だ」
「逮捕しちゃうぞー!」

 乙木さんがふざけて、握りこぶしを作って両手首をくっつける仕草をした。

「た、たいほ……?」
「手錠は掛けられ慣れてるよね」
「そうですね」
「乙木さん、そういうことじゃなくてですね」

 俯き気味に前髪をぐしゃっと掻き上げて困る皇さんに、那緒さんが同情の視線を投げかけている。首を突っ込めば面倒になりそうだと、本能で察知したのかもしれない。すすーっ、と那緒さんは音も無くその場を離れてしまった。

「とにかく、あんまり苑に変なちょっかい出してくれるな。あいつをこっち側に引っ張り込みたくないんだ」

 その言葉は重く心に沈み込む。
 僕だって、それは同じだ。苑くんには、ごく普通の、ごく当たり前の道を歩いていてほしい。僕からは遠いところを、前を向いて颯爽と、真っ直ぐに迷い無く進んでほしい。

 僕はそれを見ていたいだけ。
 彼が空を飛ぶ鳥なら、僕は地を這う毛虫だ。
 ただ見ているだけで良い。手が届かなくて良い。

 近いようで遠いままでも、僕は君を好きだから。



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