ストーカーですが、なにか? | ナノ




18.勉強と背中

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 うわ。うわうわうわ。
 苑くんが、苑くんが!
 部屋に来てくれる!!

 わぁーーーーーーー!!!

 と叫び出したくなる衝動を抑えて即返事をした。


〈どうぞ。〉


 と、一言。駄目だ、興奮しすぎて文章を打てない…。

 その5分後、ピンポーン、と呼び鈴がなった。ドアの小さな確認窓を覗くと、ああ本当に。

 苑くんは本当に僕の部屋にやって来た。

「いらっしゃい、苑くん」
「ども」

 ドアを開き、彼を招き入れる。
 いつものスクールバッグを片手にジャージ姿。いつも真ん中で分けられている前髪は、まとめて上にあげられ大きなヘアクリップで留められていた。

 僕は努めて平静を装う。苑くんがここに来るのは三度目。僕は、三回も、苑くんを、この部屋に……。

「急にごめんな、マジ助かった」
「ううん。僕こそ差し出がましいかなと思ったんだけど」

 けど呼んじゃった。

 初めて苑くんを部屋に招いたときもそう、何の考えもなしに勝手に口が言葉を発していて、気がつけば彼が僕のテリトリーの中にいた。

 例によってあまり片付いているとは言えないリビングに苑くんを通し、キッチンで冷えたコーラをグラスに注いだ。普段自分が飲まないコーラが常に冷蔵庫にストックしてあるのは、いつ苑くんが来ても良いように。ちなみに今日はエクレアもある。

「はい、どうぞ」
「ありがと。んじゃーさっそくだけど勉強やらさしてもらうわ」

 リュックから教科書とノートと筆箱を取り出した苑くんは、あっという間に集中モード。
 さっきまで解いていた問題の続きなんだろうか。

「……ありき、キッチンに立ってないで座ったら?」

 ふいに顔を上げた苑くんと目が合った。
 僕は飲んでいたミネラルウォーターを吹き出しそうになってしまった。そんな急に見られたら、恥ずかしい。

「ん……、でもそっちに座ってたら気が散りません?」
「大丈夫だよ。それに、ここはありきンちなんだから変な気遣われると、かえって申し訳ないし」

 ああ、苑くんは優しいなぁ……。
 しみじみ思いながら、ソファに腰を下ろした。
 丁寧な字で書き込まれたノートを見て、きっと真面目に授業を受けているんだなぁと思う。筆箱の中にはシャーペンと消しゴムの他に、赤ペン、青ペン、マーカーが三色、定規が入っている。下敷き使う派なんだね。筆圧が強いのかな。そんなに猫背でノート近すぎだよ目が悪くなっちゃうよ。ああ、でもとても真剣なその目が素敵だね。眉間に皺が寄ってる。数学苦手だものね。一生懸命書いては消してを繰り返している。Q.E.Dってなんだろう。今度調べてみよう。あ、諦めて解答を写してるね。そうかいつまでも同じ問題に悩んでたら先に進まないものね。苑くんは賢いなぁ。

「ありきはさっきまで何してたんだ?」

 ソファの隅で苑くんをじっと見つめていたら、彼はノートに視線を落としたまま質問を投げかけてきた。もしかして、しーんとした空気が嫌なのかな。それとも僕に気を遣っているのかな。
 問いかけに答えるとすれば、僕はさっきまで苑くんとお兄さんのやりとりを聞いていた。壁の向こう側の会話が聞こえるわけないのだが、そこは機器を使ってカバーする。別に苑くんの部屋に忍び込み、盗聴器を仕掛けるだなんて、そんな犯罪行為はしていない。ただ僕の部屋の壁を少しばかり深めに掘ってそこに集音器を置いただけだ。白々しく「お兄さんと仲良いの?」なんて書き込みしたけれど、聞くまでもなく仲が良いのはわかっていた。

「ありき?」
「ん?ああ、僕はね、これといって何も」
「マジか。だから返信早かったんか」

 苦笑混じりに答えた僕に、あーねー、と納得している苑くんはちょっとだけ手を止めてこちらを見る。少し吊り気味の目がきゅっと細められて、唇の端が微笑の形を作った。猫が笑ったら、こんな顔かもしれない。

「良かった。邪魔じゃないかってちょっと心配だったから」
「ぜっ全然邪魔なんかじゃないよ!」

 思わず前のめりになって否定してしまった。苑くんは驚いたみたいで、今度は目を丸くしていた。だって、そんなこと欠片も思ってなくて、むしろ嬉しくて、僕の方こそ出過ぎた真似をしてうっとおしく思われてるんじゃないかって。

「邪魔なんかじゃ……ないよ」
「そんなムキになんなくったって分かったよ。大袈裟だなぁ」

 あははっ、と軽く笑って見せた苑くんと、うまく笑えない僕。彼はまたノートにシャーペンを走らせる。そんな彼の背中を、僕は右斜め後ろからじっと見ていた。

 少し長い襟足の髪から、健康的な肌色が覗いている。七分袖の服から伸びる腕はたぶん僕よりは太い。力も僕より強いのかもしれない。少し触れてみたい。でも触れちゃいけない。汚い僕が触れちゃいけない。いくら苑くんが優しくて、僕を対等に見てくれるからといって、僕の生き方が汚いことには変わりないし苑くんに受け入れてもらったわけでもない。
 どうして苑くんは、あからさまな拒絶もせず、こうしてまた普通に接してくれるんだろう。

 見つめた背中が答えを教えてくれるわけもなく、僕はただ、自問自答を繰り返してソファの片隅。



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