ストーカーですが、なにか? | ナノ




14.安堵の溜息

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「まさか藤井さんが来るなんて、思ってませんでした」

いつもの、仕事で千ちゃんが運転する車とは違う、軽自動車。藤井さんの私用の車。その後部座席には僕一人。

「千は仕事で出てたし、他に手が空いてる奴いなかったから」
「……すみません」

ミラー越しにこちらをチラリと見た藤井さんは、怒ってはいないみたいだ。いつもの微笑で……。

「借りは労働で返してもらうから、しっかり働け」

お、おこっ!?

僕はこの人にお世話になりっぱなしで、その恩は返しても返しきれないもので、だから怒られるのはとても恐い。見限られるのが恐ろしい。
何せこの人に捨てられたら、学歴も資格も貯蓄もない僕は、路頭に迷うことになるわけで……!

「ち、ちゃんと働くので……、今日も出れますから、その、お店においてくださいぃ……」
「怒ってないよ、冗談だって!有木はからかい甲斐があっていいなー」

あああ冗談かぁ……良かった。
ホッと息をついて、苑くんのことを思い出した。僕のことを心配してお店に電話してくれたんだっけ。

あんな、シゴトの後の酷い姿を見ても、苑くんは心配してくれたんだ。
友人としてでも、ただの隣人のよしみでも、サイト繋がりでも、なんでもいいから嬉しいなぁ。
そういえばツイッターでもちょっと気にかけてくれてたなぁ、と思い出す。自分が呟かなくとも、彼の呟きはちゃんとチェックしている。彼はいろんな人と交流があるから、いろんな彼を見ることができる。
最初はそれを見るだけで満足だったけど、もっと、他の人は知らないような彼を見たくなった。

ネット上の君でも、学校の君でも、家の君でもなく、誰も知らない君。
まだ見ぬ君を探して、僕は君を尾け回す。四六時中想いを馳せる。一瞬も、一言も、逃したくない。

癖で、スマホからツイッターを開いて確認する。苑くんはあの後「寝るーおやすみー!」と呟いていた。それに「おやすみなさい。今日はありがとう」とコメントを残す。何日か振りの、サイト上でのやりとり。たった数日がとても久しく感じるほどに、僕は彼に纏わり付いている。

画面を閉じたところでちょうどお店に着いた。裏口から入り、店の奥にある休憩室と言うには狭く小さい畳のスペースで、乙木さんが作ってくれたというおにぎりを二つ食べた。
どうせ食うのも忘れて死体ごっこしてたんだろ?と藤井さんが用意してくれていたらしい。
昆布と鮭のおにぎりは、僕のお腹を十分に満たしてくれた。藤井さんはもう店に戻っていた。

「なにか手伝えること……」

そう思って店内に顔を出すと、目敏く気がついたのはノブくんだった。

「有木さーん!生きてたんだね!」

そう言って彼はこちらに寄ってくる。このお店では最年少の彼は、僕のことを唯一さん付けで呼ぶ。
僕より背の低い、短髪のよく似合う人懐こい子だ。

「生きてたよ。ノブくんはいつも元気だねぇ」
「まーねー!若さが取り柄だからね!」

それは羨ましい限りだ。
何せ僕はこのお店では一応古株。若いようで若くはないのである。(歳の話をすると藤井さんが怒るのであまり言わない。)

「あっ、マルイエンって奴知ってる?」
「えっ、なんでノブくんが知ってるの?」

思い出したように唐突に聞かれたものだから、驚いてしまった。よくよく考えれば僕は割と苑くん苑くんと言い回っているので、知っていてもおかしくはなかったのに。(現に藤井さんや乙木さん、千ちゃんは知ってる。)

「電話きてさ、千ちゃんいますかって」
「ああ……ノブくんが電話取ったんだね」

千ちゃんはお店には出ていない。運転手専門なのだ。だから、電話でいきなり千ちゃんの名前を出されてノブくんが驚いたのも無理はない。普通のお客さんは知り得ない名前だから。

「苑くんは僕のお隣さんなので、大丈夫だよ」
「あー、いつも有木さんが言ってる……どうりで聞いたことある名前だと思った」

そんなに僕は苑くんのこと喋りまくってたんだ……。少し自重しよう。

反省の意も込めて、その日は沢山グラスを洗った。

苑くんとまた話せるかなとか、苑くんは今頃何の夢を見ているかなとか、苑くんそろそろ中間テストだなとか、苑くんがテスト勉強でサイト浮上控えたら寂しいなとか、苑くんは今度こそ数学の点数上がるかなとか、苑くんの明日の朝ごはんはなんだろうなとか、苑くん寝坊しなきゃいいなとか、苑くんが起きる時間には帰れるかなとか、苑くんにいつかモーニングコールできたらいいなとか。

そういうことを考えていたら、沢山グラスを洗えた。




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