ストーカーですが、なにか? | ナノ




13.生存の確認

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あれからありきはサイトにも浮上せず、ベランダで煙草を吸うこともなく、生きてる気配すらさせずにいる。
ポストにはダイレクトメールとか投げ込みのチラシが溜まる一方で、外にも出ていないことを伺わせる。

マジで死んでるんじゃねーだろうな。

死んでなくても、動けないとか。倒れてるとか。だって隣の部屋からは物音一つ聞こえない。

「……玲汰、突然隣人が姿を消したらどう思う?」
「は?」

意味がわからん、としかめっ面をして見せたのはクラスメイト。ツイッターでも繋がりがあるから、ありきのことも知っている。俺の隣人、とまでは知らないけど。

「ほぼ毎日見かけていたはずの隣人が、突然姿を見せなくなった」
「旅行?」
「無い」
「夜逃げ?」
「……無い」
「失踪?」
「…………無い」
「じゃあ死亡」
「………………」

やっぱり気になる。
色々考えたけど、やっぱりありきはありきだし、職業がアレだけど、ありきは悪い奴じゃないし、そういえば何で俺の写真持ってるのかまだ謎のままだけど、突然様子が分からなくなったら気に掛かる。

「最近ありき見ないけど生きてるんか?」

ツイッターに投下した疑問は、確かに、という賛同の反応こそ来れど、ありき本人からは何の返事もない。
帰宅してポストを確認したらやっぱり朝と同じ状態で、いよいよ不安は増すばかり。

「何かあったら連絡しろ、って言ってたよな……」

数日前の千さんの言葉を思い出す。もらったカードは部屋の机の引き出しの中だ。
「何かあった」というより「何もない」というのが正しいが、この際それは置いておく。
部屋に入ってすぐ、引き出しからカードを取り出し電話を掛けた。五回ほど呼び出し音が鳴ると、誰かの声が応答した。

『はぁい、青猫でーす』

千さんでもなく、藤井さんでもない誰かさんは、たぶん俺とそんなに歳は変わらない位だろうとその声から想像できた。高過ぎず低過ぎないけど、少し子供っぽさが残った感じの声質。
さて、千さんを呼べばいいのか、藤井さんを呼べばいいのか……。

『もしもーし?イタ電?』
「あっ、あの、千さんいますか!」

迷ったけど、千さんを選んだ。連絡よこすように言ったのは彼だったし、彼の方が話しやすいから。

『……あんた、なんで千ちゃん知ってんの?』
「え?」

訝る声が、低く疑問を放った。なんで、と言われても……。

『あんた誰?』
「あー、そのー、丸井苑と申します」
『えん?』
『ノブ変わって。はいはい、もしもーし』

名乗った直後、電話口に藤井さんの声。あぁ良かった。知ってる人が出てきただけでホッとする。

『まさか君から電話くるとはね!有木に何かあった?』
「どっちかというと何もなくて心配なんですけど……」

あの日以来姿を見かけないこと、部屋から物音すらしないこと、まったく生きてる気配がないことを話した。藤井さんは「ふぅん」と相槌を打って聞いてくれた。

『千は今出せないからなぁ……。仕方ない、俺が行くか』

千さんはどうやら仕事中らしい。やれやれ、といった感じで藤井さんは電話を切った。


それから三十分位して、藤井さんは車でアパートにやってきた。すぐに分かったのは、ありきがいつもしていたみたいに、ベランダに出て外を見ていたから。
急いで靴をつっかけて外へ出ると、ちょうど階段を登ってきた藤井さんが見えた。

「おや、まさか君にが出迎えられるとは」
「こんばんは」

藤井さんはポケットから鍵を取り出し、慣れた手つきでドアを開ける。何度も来ているのかもしれない。

「君も上がるかい?」

まるで自分の家のような問いかけに頷きで返して、やっぱり自分の家のように普通に中へ入るその背中に続いた。
部屋は真っ暗で、藤井さんが電気をつけると少し目が眩んだ。リビングは無人で、少しだけ散らかったままだった。
ありきの部屋のドアを藤井さんは躊躇いなく開ける。カチャ、と無機質な音をさせて開いたドアの向こうはやっぱり真っ暗だった。

「有木。起きろ」

藤井さんは暗闇に向かってそう言ったけれど、ありきは起きる気配どころか存在すら感じさせない。無音で不動。
はぁ、と溜め息をついた藤井さんは部屋の入り口付近にあったスイッチをパチンと入れて部屋の明かりをつけようと試みたものの、ついたのはオレンジ色の小さな光。もともと明かりは消されていたらしい。
しかし、そんなことは気にせず藤井さんはずかずかと部屋に踏み込む。向かう先はベッドで、そこには不自然に盛り上がった布団があって、たぶんその中にありきはいる。

「……怒るよ有木」
「ごめんなさい!」

ぼそり、と放たれた言葉はありきを動かすのに十分な力があったらしい。
勢いよく跳ねのけられた布団の中から現れたありきは、薄暗いせいでよく見えないけれど、まぁ、ちゃんと生きているようだ。

「お、お、怒らないでくださいぃ!!」

……うん、生きてるな。ちょっと情けない声出してるけど。

「怒らないよ、嘘、ウソ。泣くなって。飯は?どうせ食べてないだろ。体はもう大丈夫だな?せっかく車出してきたんだから店まで来い。あと、苑くんにお礼言いなさい」
「えんくん……?」

いちいち藤井さんの言うことに頷いていたありきは、ようやく俺に気付いたらしい。ぎこちなく首を動かし、ドアの前に突っ立っている俺を目に留めた瞬間「ひっ」と小さく悲鳴をあげると、布団で顔を半分隠した。目だけはしっかりこっちを見ている。

「わわ……なぜ苑くんがここに……!」
「お前のこと心配して店に連絡くれたんだぞ?」
「苑くんが、僕を、心配?」

信じられないといったような様子の声だ。なんだよ、俺だって普通に隣人の心配くらいするっつうの。

「別に、生きてんなら良いんだけどさ」

ちょっとムッとしてしまった。目を逸らして自分のつま先を見る。正直、不安がなくなってホッとしているのだけれど、この間のありきの態度を思い出したのと、今さっきので苛立つ。心配してやったのに。

「……」

無言のままありきが動いたのが、視界の隅で確認できた。スプリングが軋む音。ベッドから降りたんだろう。
ぺたぺたと素足がフローリングの床を歩いてきて、自分のつま先から少し離れた所でその足は止まった。

「あ、ありが、とう」

思いの外大きい声に顔を上げると、ありきは真っ直ぐに俺を見ていて、頭ボサボサで、今にも泣き出しそうな顔で、なぜか手が幽霊みたいに胸下あたりで垂れていて、なんだか可笑しくって。
だから苛立ちもどこかへ行ってしまって、俺は笑った。

「どういたしまして」

それを聞いたありきは、へにゃりと力の抜けた笑顔になって、ますます間抜けなツラになった。
それでも、ちょっとだけ久しぶりに見た笑顔だったから妙に嬉しかった。

「じゃあ有木は連れて行くからな。苑くんも帰りなさい」

まるで保護者な藤井さんがすいっと玄関へ向かうので、俺もありきもそれに続いた。
一番最後に靴を履いて外に出た家主は鍵をかけると、もう一度俺に向かって「ありがとう」と言った。

「おやすみなさい」
「おう。じゃあな」

いつもは呟くサイト上でしていたやりとりを、初めて現実で、対面で。
普通のやりとりだけど、少しだけ特別に感じた。


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