9.職業が判明
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高級ホテルの最上階の、高級レストランで食事。それが今日の仕事。
「服装正して来いって言うから何かと思えば、今日は随分いつもと趣向が違いますね」
「たまには、こういうのもイイだろ?」
目の前でニヤリと笑うその人が、今日のお客さん。僕しか指名しない、蛇沼芽黒さん。
「僕、テーブルマナーなんて知りませんよ」
「だから個室にしたんだ。適当に、食べたいように食べろ」
「ふうん。お優しいんですね」
「いつものことだろ?」
よく言いますね、サディストのくせして。なんて、言わないけれど。
「それとも、優しくされるのは苦手か?」
右手のナイフを僕の首筋にひたりと当てて、息がかかるほど近くに顔を寄せた蛇沼さんは、まさに獲物に牙を剥きかけた蛇みたいだ。
僕は分かっていながら逃げられない。そのまま丸ごと呑み込まれる。
「僕はナイフとフォークでは食べられません」
「今は食べない。お前は食後のデザートだから」
ああ、やっぱり食べられるんだ。
そんなこと言っておきながら、優雅に食事する蛇沼さん。時折、グラスに注がれたワインを口に含む。ロゼだから、まるで血でも飲んでるみたいだ。
肉料理には手を付けず、野菜とスープばかり口に運ぶ僕に、蛇沼さんは目敏く気が付く。
「肉は、嫌いだったか」
「はい」
「なら食べろ」
フォークに突き刺した鴨肉を、僕の口元に突きつける。嫌いだって言ってるのに。
「ほら、食べな。それとも俺に逆らうか?」
そうやって、僕を苛めるの好きですよね。仕方なく目の前の肉を食べた。噛むほど嫌な味がするから、はやく呑み込みたいのに、それも嫌で。
のろのろと咀嚼し、ようやく飲み下すと、蛇沼さんは満足げに微笑む。
「いい顔だった」
「ありがとうございます」
苛めるなら、もっと酷いことしてください。
食事の後に連れて来られたのは、別の階の一室。さすが高級ホテル。部屋の広さも内装も、他とは違う。
「こういうところは初めて?」
「はい……すごいですね」
ふかふかの絨毯で、足元が落ち着かない。ソファもテレビも大きい。奥に二つ扉。バスルームとベッドルームだろうか。
キョロキョロしていると、蛇沼さんはどかっとソファに座り、人差し指でこっちに来いと促す。
「上着、シワになるので掛けておきましょうか」
「ああ」
彼の上着を脱がせて、ハンガーに掛ける。内ポケットから煙草とライターを取り出すのを忘れずに。自分の物も同じようにしようとすると、「お前は脱ぐな」と止められた。
「そこに座れ」
灰皿と煙草を渡して、蛇沼さんが顎で示したとおり、彼の前、床の上にぺたりと座った。彼を見上げれば、さっそく煙草に火をつけている。
「靴、脱がせろ」
組まれた足の、黒い革靴に手を伸ばした。その瞬間、顎を蹴り飛ばされた。
「っ、が……!」
「ああ、すまない。足癖が悪くてな」
全く悪びれもせず笑う彼は、倒れた僕の頭を、ぐり、と踏みつける。
革靴の硬い靴底の感触が、側頭部にめり込む。口の中、切れたみたいだ。血の味が舌の上に広がった。
「さて、靴を脱がせてくれ。靴下も」
「は、い……」
足がどけられ、のろのろと体を起こした。ちょいちょいと爪先が喉元を小突く。早くしろ、の合図だ。また蹴られるんじゃないかと、ビクつきながら革靴の紐を解いた。手が震えるせいで、少し手間取ってしまった。
なんとか靴も靴下も脱がせると、蛇沼さんは二本目の煙草に火をつけて煙を僕に吐きつける。
「遅い。罰として舐めろ」
突きつけられた右足。僕は這いつくばり、言われたとおりにその指を舐める。
親指を舌で撫で、しゃぶる。人肌の、塩気のある味。それと少し汗の匂い。徐々に足の甲へ、舌を動かす。骨張った部分を唇と舌で愛撫する。唾液がぴちゃりと音を立てた。ちら、と見上げると、妖しい光を宿した双眸が見下ろしてくる。
貴方の、その目が、僕はわりと好きですよ。見下す目。蔑む目。ゾクゾクする。
「もういい」
ぐいっと爪先で顎を持ち上げられた。そんな目で見ないでください。嬉しくて、震えるから。
「次、ネクタイ外せ」
「はい」
「おっと、ソファに乗るなよ。お前は床だ」
「すみません」
彼の足の間に膝立ちになり、ネクタイの結び目に指をかける。するするとネクタイは外れた。外したネクタイはどうしようかと思っていたら、蛇沼さんの指がぎちりと僕の股間を握った。
「これ、なに?」
「ッ!!いた……っ、痛いです……!」
「おい、足舐めて勃つとかとんだ変態チャンだよな?」
「ァ……ごめ、なさ、い」
「お前を悦ばす為にやれって言ったわけじゃないんだけど」
陰茎にも陰嚢にも、指が食い込んで痛い。視界が涙で滲んだ。
「いたい……ですからぁ、っ……!」
「うるせぇな」
舌打ちした彼は、僕を床へ打ち付けた。その衝撃で落としたネクタイを拾い上げると、慣れた手つきで僕の手を拘束する。後ろ手にきつく縛られ、全く自由がきかない。
「どうだ?安いラブホのベッドより良い寝心地だろ?」
不様に床に転がる僕を、蛇沼さんが見下ろしてくる。グリグリと股間を踏みつけられ、また痛い。
「さぁて、どうしてやろうかな」
愉快げに、一笑。さっきから煙草の灰がスーツに落ちてくる。これしか持ってないのになぁ。クリーニング出さなきゃいけないな。
「スーツ着てるお前とヤるのは初めてだな」
「そ……ですね」
「脱がす楽しみがあってよろしい」
そう言った彼はしゃがみ込み、僕のベルトに手を掛ける。あっという間に抜き取られ、そして脱がされた。膝までスーツと下着を下ろすと、今度はネクタイを少し緩めてシャツのボタンを外しにかかる。この手が自由なら、貴方にそんな手間かけさせないのに。
「お前、ネクタイ結ぶのヘタクソだな」
「結んだことないんです」
「あとで教えてやるよ」
すっかり曝け出された上体を、つうっと指でなぞられた。胸から腹へ。腹から腰へ。ぞわり、と走る感覚。震える体。いっそ、もっと酷くしてくれればいいのに。
「前に鞭で打ってやったのは、この辺りだったか」
左の脇腹からへその近くまで。そして右の胸下辺り。思い出すように指が滑っていく。
「さすがにもう跡は残ってないな」
そう言った蛇沼さんは、少しつまらなそうな、残念そうな。しかしそれも一瞬のことで、すぐにあの意地悪い笑みを浮かべる。
短くなった煙草が、灰皿ではなく僕の体に押し付けられた。
「っあああ!!」
「あとは、ここか」
ぴたり、ぴたり、と煙草の火が肌に付いては離れ、また別の箇所に付き、痛みを散らしていく。
熱い、より、痛い。
痛い、より、悦い。
涙が目尻から零れた。ぼやける視界には、はっきりとした痛みの感覚と、愉快そうに歪む彼の顔だけが鮮明で。
「……こんなもんか」
胸から腹にかけてついた、軽い火傷。最後に下腹部の局部に近い場所で火を揉み消された。
「ああ"…っ!!」
「あーあ。悦んじゃって。一回イッとく?イキたい?」
すっかり勃ち上がったものは、はしたなく蜜を零している。蛇沼さんはそれには触らずに、内腿や足の付け根の際どい場所をそっと撫ぜる。もどかしい。はやくこの熱を解放したい。
「なんて、イかせてもらえると思った?」
冷笑する彼は、それだけで僕を悦ばせるのに十分だ。絶対零度の瞳で突き刺される快感。
イキたい、と頷きかけた僕の足から乱暴にスーツを脱がせると、足首を掴み持ち上げて恥部を完全に曝け出させた。まだ何も施されていない蕾にあてがわれたのは、いつの間にか硬度を帯びた肉。
「んああ!!!」
ずぶりと、容赦なく沈め込まれた切っ先が内部を抉る。引き攣れた入口が裂けそうだ。それでも彼は侵入を止めない。止めさせる術もない。
そのまま根元まで差し込まれ、それでも動くことすらままならない僕は、彼の熱を伴う攻撃とこれから訪れるであろう愉悦に体を震えさせることしかできない。
「俺より先にイッたら殺す」
そう甘く囁いた彼は僕の分身の根元を握り、律動を始める。足首を彼の肩に乗せられ、しかも彼はそのまま前傾してきて、挿入の角度が深い。動かされる度に内壁が引きずられ、潤いのない結合は痛みばかり伴う。
「う……っ、あ……やだ、っ……!」
「ああ、ネクタイの結び方、教えてほしいんだっけ?」
「なに、を……っ!?」
突然何を言い出したかと思えば、彼は不意に首に引っかかったままの僕のネクタイで首を締めた。
「ほら、こうしてちゃんと締めないと」
「は……っ、ぁ……!!」
最初は弱く、徐々にきつく。どんどん首筋に食い込むネクタイ。酸素が足りず、息を吸い込みたいのに僅かしかできない。
それでも彼は腰の動きを止めず、それどころかより激しく打ちつけてくる。奥へ奥へと犯され、時々前立腺を掠めていくのがたまらなく快感を呼び寄せる。
苦しくて、痛くて、気持ちよくて、目の前が点滅して、
「……っ、」
僕は意識を手放した。
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